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        * * *番外編 第八回 * * *

暑い日が続きますが皆様お元気ですか?


さて、番外編第8回は「男と女のハーモニー」です。
今回はいよいよ問答歌ですね。
相聞歌の方がおなじみ感がありますが、
問答歌は、かなり立ち入った恋文のやり取りですね。
どんなお付き合いをしていたのかが、手に取るように解かってしまう問答歌、、。
では、、暑い時によおりお熱い歌をお届けいたします。


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   第8回 男と女のハーモニー

前回少し触れましたが、『万葉集』巻第十一と巻第十二に「問答歌」と呼ばれるもの
が載せられています。愛の歌、恋の歌、と言えば「相聞」で、これはもともとは男女
が歌い交わしたものなのでしょうけれど、「相聞」と分類された歌は必ずしも贈る側
と答える側の両方の歌が載っているとは限らない、寧ろ、どちらか一方の場合の方が
多いんじゃないでしょうか。

問答歌は、男と女の、贈る側とそれに答える側の歌が、多くの場合は二首のセットに
なっているものです。そこで、この問答歌のシリーズを読んでいると、当時の男女が
どういうやりとりをしていたかがわかって非常に面白いのです。中には万葉の時代独
特の感覚のものもあれば、現代に通じる、身につまされるようなものもあるのです。

まずは、有名な柿本人麿が奥さんと交わしたもの(2808〜2809)があります。これが
かわいいというかおかしいというか。

眉根(まよね)掻き
鼻(はな)ひ紐解(と)け 待てりやも
何時(いつ)かも見むと 恋ひ来(こ)しわれを

「鼻ひ」というのはくしゃみをすること、なんですけど、「眉を掻く」「くしゃみす
る」「紐が解ける」というのが、いずれも恋の前兆なんですね。誰かが自分のことを
思ってくれていると、思わず眉を掻いたり、くしゃみをしたり、紐がほどけてしまっ
たりするわけなんです。なので、この歌の意味は、

<眉を掻いたり
くしゃみをしたり 紐が解けたりして 待ってくれているであろうか
いつになったら会えるだろうかと
あなたをずっと恋しく思ってきたこの私のことを>

というところでしょう。これに答える女の歌が、

今日(けふ)なれば
鼻(はな)ひ鼻(はな)ひし 眉痒(かゆ)み
思ひしいことは 君にしありけり

<なるほど おいでは今日だったのですね
それで 何度もくしゃみをし 眉も痒くなったのですね
何かと思えば あなたが私のことを想っていたからですね>

というんですね。昔の人は、相手が自分のことを思ってくれていたり、あるいは訪う
てくれたりする時は自然とわかるものだったようです。夢に見る、ということが相手
が思ってくれていることという話はご存じでしょう。また、風が吹く、というのが自
分を愛してくれている人の訪れを告げるものであることもお話ししました。更には、
その風の吹き方で、どの彼氏が来るのかまでわかっていたようです。そういうものの
一つとしてくしゃみや、眉が痒くなったりすることがあったわけですね。

それから大事なのが「紐」なんですけど、これは、今で言う帯のようなものなんです
ね。例えば、有名な高松塚古墳の壁画の写真など見て頂ければおわかりになると思い
ますが、腰の辺りに細い紐のようなものを巻いてますね。これです。大抵は朱い色を
しています。こういう絵で見ると、帯みたいにしっかりしてなくて、ほどくと前がは
らりとはだけてしまうような感じですね。で、肝腎なのは、例えば、恋人やご主人が
旅に出る、となった時に、男の紐を女が結んであげるんですね。自分で結ぶんじゃな
くて彼女が結んでくれたことによって彼女の魂がこの紐に込められ、いつどこにいて
も彼女も一緒、というわけなんです。逆に、彼女の紐は男の方が結んであげる。それ
でお互い、自分では解かなくて、再会した時に相手の紐を解くわけです。それで、自
分が結んだ通りかどうか確認することまであったそうです――万葉人も嫉妬深かった
のだ! ですから、ひとりでに紐が解けるというのは、愛しい彼氏なり彼女が自分の
ことを思ってくれていて、今晩会いたいね、というサインだ、と読むわけですね。

私の勝手な解釈ですが、これは恐らく、人麿が地方への単身赴任の期間が明けて、都
に帰って来る時の歌でしょう。都に近づき、早く奥さんに会いたい。そこで人麿は先
に使いを遣わしたのでしょう。その歌を見て奥さんは、どおりで、あなたのお帰りが
今日だったからくしゃみが止まらなかったりしたのですね、とわかるわけです。

今は携帯やメールに頼っている分、こうした感覚は失われてしまったのではないで
しょうか。単身赴任のご主人も、妻子のいる家に帰る時には事前に電話を入れておか
ないと迷惑がられるとか……。

次の歌に行きましょう。さて、その夢の歌です(2812〜2813)。

吾妹子(わぎもご)に 恋ひてすべなみ
白栲(しろたへ)の 袖反(そでかへ)ししは
夢(いめ)に見えきや

ちょっと説明が要りますね。「袖反し」ですが、袖口を折って寝ると夢で恋人に逢え
ると信じられていたのです。ですから、

<私の愛しいあなたに 恋焦がれてどうしようもなくて
私が白栲の袖を折って寝たことは
あなたの夢に見えたでしょうか>

わが背子(せこ)が
袖反す夜の 夢(いめ)ならし
まことも君に 逢へりし如し

<私の背の君が袖口を折って寝た夜の夢だったらしい
実際にあなたに逢ったように思っておりました>

夢の中だけででも互いに逢うことができる関係というのも羨ましいことですね。夢と
いうと、個人的な思いの世界のようにも感じられますが、この時代、相手のことを鋭
く感じることができたようですね。ですから、実際に会っていなくても、夢の中で語
り合い、実際に会った時にはその続きから語り合うこともできたようです。

だからこそ、夢に相手が現れなくなる、というのは一大事だったわけです。もう相手
は自分のことを思ってくれていないのだと。それで次の歌が出てきます。これは女性
が男性に贈った歌です(2814)。

わが恋(こひ)は 慰めかねつ
ま日(け)長く 夢(いめ)に見えずて
年の経(へ)ぬれば

<私の恋心は慰めることができません
日々長いこと あなたが夢に現れることなく
もう何年も経ってしまいましたので>

男の返し(2815)。

ま日(け)長く
夢にも見えず 絶えぬとも
わが片恋は 止む時もあらじ

<日々長いこと あなたの夢に現れずに 絶えてしまったとしても
あなたは知らず 私があなたを思う気持ちは 止む時がないでしょう>

うーん、ほんとかなぁ。何か苦しい感じもあるな。相手の夢に出ないから「わが片恋
は」なんて言わなきゃいけないんでしょうけど。

というわけで、次に私が「言い訳シリーズ」と呼んでいるものを見ていきます。この
言い訳、どことなく昔も今も変わらないな、と苦笑してしまいます。

すべもなき 片恋をすと
このころに わが死すべきは
夢(いめ)に見えしか

これは男の訪れが絶えてしまった女の恨みの歌(3111)ですね。

<どうしようもない片想いをしてしまって
最近 私がその恋ゆえに死にそうになっているのは
あなたの夢に現れたでしょうか>

で、男の返し(3112)が、

夢に見て
衣(ころも)を取り着(き) 装(よそ)ふ間(ま)に
妹(いも)が使そ 先だちにける

<いや 正に夢に見たからこそ
衣を手にとり 身支度をしているうちに
愛しいあなたからの使いが 先に来たのですよ>

何だか男の慌て振りが見えてくるような、情けない歌ですな。見え見えの言い訳では
ないですか。
次の(3109)もおかしい。

ねもころに 思ふ吾妹(わぎも)を
人言(ひとこと)の 繁きによりて
よどむ頃かも

<心から懇ろに思っている愛しい人なのに
人の噂がしきりとうるさいので
あなたに逢うのが ためらいがちになるこの頃です>

人の噂を気にするのは、恋愛が自由だった万葉の時代も同じだったようですね。それ
で女の返し(3110)が、

人言の 繁くしあらば
君もわれも 絶えむといひて
逢ひしものかも

<人の噂が しきりとうるさくなるようだったら
逢うのをやめようと あなたか私かそんなことを言って
逢いはじめたのでしたでしょうか>

痛烈なパンチですね。今も昔も男というのは噂とか自分の立場とか気にするのでしょ
うか。そして女はそういうものと自分と一体どっちが大事なのかと迫るのでしょう
か。

次のはね、ちょっとひどいです(3121)。

わが背子が 使を待つと
笠(かさ)も着ず 出でつつそ見し
雨の降らくに

<わが背の君の使いを待つとて
笠も着けずに ずっと外に出て見ていました
雨も降っているというのに>

万葉の時代、女は男の訪れを外に出て待っていたことは前にお話ししましたね。それ
に加えてここでポイントになっているのは雨です。当時は、雨の日は外出しないんで
すね。だから、雨の日は約束してても逢い引きはないのが普通なんです。だけどこの
女性は待っていたわけですよ。雨は降ってるけれど、きっとあの人は使いなりと寄こ
してくれるはず、と、笠も被らないで雨に濡れるのに外で待っていたわけです。さ
て、この歌への男の返事は(3122)、

心無き 雨にもあるか
人目守(も)り 乏(とも)しき妹(いも)に
今日だに逢はむを

<無情な雨であることよ
人目を避けつつ なかなか逢うことのできない愛しい人に
今日だけでも逢いたいと思うものを>

雨が降ってるから逢えない、っていうんですね。「心無」いのはあなたの方でしょ
う。彼女は雨をも厭わず外で濡れながら待っているというのに。しかもこの男も人目
を気にしてますね。恐らく、こんな雨の中を出掛けるとは、あいつアヤシイ、とかそ
んなことを言われるのを気にしてるんでしょうか。こんな男は早く袖にしてもっと自
分のことを大事にしてくれる彼氏を見つけた方がいいです。はっきり言って。

そう、こうして当時は雨は二人が逢うことの妨げになるものであっただけに、雨を
キーワードにする問答歌がいつくか生まれてくることになります(3125〜3126)。

ひさかたの 雨の降る日を
わが門(かど)に 蓑笠(みのかさ)着ずて
来(け)る人や誰(たれ)

<遙か彼方の天から雨が降っているこんな日に
私の家の門に蓑笠も着けずに
来た人は誰でしょう>

纏向(まきむく)の 痛足(あなし)の山に
雲居(ゐ)つつ 雨は降れども
濡れつつぞ来(こ)し

<纏向の痛足の山に
雲がわだかまり 雨は降っているけれども
濡れながらこうして来たのです>

雨が降っているから女はまさか男が来るとは思わない。その雨を押して来たのだ、そ
れだけあなたのことが大事なのだ、というんですね。さっきの男とは大違い。そう言
えば、こうしてわざわざ濡れてくるところが演出でもありますね。これに似た歌に
(3123)、

ただ独り 寝(ね)れど寝(ね)かねて
白栲(しろたへ)の 袖(そで)を笠に着(き)
濡(ぬ)れつつぞ来(こ)し

というのがあります。意味はわかりやすいですね。

<ただ独り寝ようとしても寝ることができず
雨の中 白栲の袖を笠の代わりに
濡れながら来ました>

ね、やっぱり笠を被らないで、濡れて来るでしょう。これもこの問答歌のシリーズな
んですけど、女の返歌がヘンなんです。全然この歌と合ってない。なのでここでは省
略します。

さて、雨の中を逢いに来るのも大変ですが、逢っている時に雨が降り出したら、それ
はもう帰れないですからね、女としては引き留める理由ができたようなものです。

雷神(なるかみ)も 少し動(とよ)みて
さし曇り 雨も降らぬか
君を留(とど)めむ

これは明け方が近づいて、もう男がそろそろ帰る時刻になってきた時に女が詠んだ歌
ですね(2513)。

<雷が少々轟いて
空が曇り 雨が降ってくれないだろうか
そうしたらあなたを引き留めておけるものを>

この男がまた優しいんです(2514)。

雷神の
少し動みて 降らずとも
われは留(とま)らむ 妹(いも)し留(とど)めば

<雷が少々轟いて雨が降ったりしなくても
私はこのままここにいよう
愛しいあなたが 引き留めるのならば>

いろいろ見てきましたが、これらの問答歌は男と女のやりとりの妙が面白いですね。
互いの気持ちを確認するものもあれば、恨むもの、言い訳をするもの、いろいろあり
ますけど、どれも相手の言葉や気持ちをしっかりと捉えて、見事に返していますよ
ね。正に恋の対位法、恋のハーモニーですね。

それにしても、恋とはなかなかままなならぬもの。そのままならぬことを示す歌を最
後に見たいと思います(3115〜3116)。

息の緒(を)に
わが息(いき)づきし 妹(いも)すらを
人妻なりと 聞けば悲しも

「息の緒」というのはつまり「命」のことです。で、次の「息づく」は「嘆息する」
ことですから、

<わが命と思い
嘆息しつつ恋焦がれた あの愛しい人すら
人妻だったのだと聞くと 何と悲しいことだろう>

女の返しは、

わが故(ゆゑ)に いたくな侘(わ)びそ
後遂(のちつい)に 逢はじといひし
こともあらなくに

<わたしのことで そんなにひどく嘆かないで下さい
後々最後まで 逢わないなんて
そんなことは言ったこともないのに>

え? 回りくどい表現してますけど、ということはまだ期待していいってことですか
? しかしまぁ、こう言われたら言われたで、男としては諦められずにまたまたこの
恋を苦しむことになりますね。恋とはままならぬもの。恋をすると決めたらそれは苦
しむ道を敢えて選ぶということ。田中優子さんの万葉ならぬ『江戸の恋』の冒頭にそ
のように書かれています。

いずれにしても、これらの歌は、返事があるだけいいですよね。返事があるから情も
深くなり、また恨みもし、愚痴も言えるというもの。もし返事がなかったら……。

次回は、大伴家持に返事をもらえないまま29首ものラブソングを贈り続けた笠女郎
(かさのいらつめ)の歌を見ていきます。題して「振られても振られても〜片想
い」。お楽しみに。

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番外編第八回いかがでしたか?

「恋歌」番外編は第一、第三月曜日発行です。


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2002.7.29 「恋歌」番外編第八回発行号


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