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        * * *番外編 第六回 * * *


みな様如何いかがお過ごしですか?


本日のテーマは「明るい健康的な東歌」です。
はるか昔から、男女の生き生きとした心のやり取りは
今も色褪せる事無く、歌として私たちの心に伝わり、なにやらとてもいとおしき尊き
ものとして思えてまいります、、、。


それでは、第六回をお楽しみ下さい。

第6回 明るく健康的な東歌

東京に調布市というところがあります。僕は初め、東京に出て来た時に、この調布市
が多摩川に面してあることを知ってワクワクしました。
調布、多摩川、と言えば、『万葉集』次の歌(巻第十四、3373)を思い出さずにはい
られません。

多麻(たま)川に 曝(さらす)手作(てづくり)
さらさらに 何(なに)そこの児(こ)の
ここだ愛(かな)しき

「手作」とは手織りの布のことで、これを水に曝して仕上げるわけです。

<多摩川に 手織りの布をさらさらと曝すように
更に更に この娘(こ)のことが
どうしてこんなにも愛(いと)しいのだろう>

何ともかわいい歌です。そして「さらさら」という音が清らかな水のきらめきを感じ
させ、それがシンプルな表現と相俟って気持ちの純粋さを表しているように思いま
す。

『万葉集』の巻第十四には、「東歌」として東国、今の静岡県や長野県から東の地方
の民衆の歌が集められています。これらはおそらく誰が作ったというよりも、当時こ
の地方の人たちに実際に歌われていたものでしょう。民衆の歌ですから、表現は素朴
で、愛しい気持ちをダイレクトに表現しています。そのダイレクトさが、非常に明る
く、自由で健康的な男女関係を写しているように僕は思います。例えば、前にご紹介
しました筑波山の歌垣の歌、あれも東歌の一つですが、あっけらかんとしてますよ
ね。「神様が許した日だから、今日は人妻と交わる。お前も他の男と交われ」なん
て。だけど、嫌やらしい感じが全くない、むしろ楽しそうですよね。そこが東歌の魅
力的なところ。こんな風に男女がもっと自由に明るく付き合うことができたら、世の
中楽しくなりそうですけどね。

筑波嶺(つくはね)の
新桑繭(にひぐわまよ)の 衣(きぬ)はあれど
君が御衣(みけ)し あやに着ほしも

<筑波山で 新しく萌え出た桑の葉で育った
蚕でつくった 絹の衣もよいけれども
あなたが身につけた衣をこそ 着てみたいと気もそぞろです>

これも前にご紹介した湯原王と乙女の歌にもありましたけれども、男が自分の身に着
けた服を贈る、というのが愛のしるしであったわけですね。で、贈られた女の方は、
男が来ない夜にはこれを身につけて寝たわけです。うーん、何とも艶(つや)っぽい
習慣ですなぁ。で、この女の人は、「いつまであたしをこのままにしておくのよ!」
と催促しているわけですが、そうは言わずに「あなたの服を着てみたい」と言ってい
るところがかわいいではありませんか。

富士の嶺(ね)の
いや遠長(とほなが)き 山路(やまぢ)をも
妹(いも)がりとへば 日(け)に及ばず来(き)ぬ

「がり」は「〜のところへ」という意味です。

<富士山の 何よりも遠く長い山道ですら
愛しいあなたのところと思えば 一日もかからずに来てしまいました>

これってみんな経験ありますよねぇ。好きな人に会いに行くのにはどんな障害があっ
ても何の苦にもならないですよ。たとえそれが富士山の険しい道であっても。

ま愛(かな)しみ 寝(ぬ)れば言(こと)に出(づ)
さ寝(ね)なへば 心の緒(を)ろに
乗りて愛(かな)しも

<あなたのことがこんなにも愛しくてたまらないので
共寝をすると 人の噂に立ってしまう
でも寝ないでいると あなたのことが心を占めて 切ないのです>

この時代の人もやはり人の噂は気にしていたようですね。

次の歌は巻第二十のもの(4369)ですが、やはり東歌の一つ。

筑波嶺の さ百合(ゆる)の花の
夜床(ゆとこ)にも 愛(かな)しけ妹(いも)そ
昼も愛しけ

<筑波山の百合の花のように愛らしいあなた
夜の寝床でかわいらしいあなたは
昼もかわいくてかわいくてたまらない>

昼も夜も愛していたいという気持ち、わかります。でも次のはもっとスゴイです(巻
十四、3494)。

子持山(こもちやま) 若鶏冠木(わかかへるで)の
黄葉(もみ)つまで 寝(ね)もと吾(わ)は思ふ
汝(な)は何(あ)どか思ふ

<子持山の若いカエデの木が紅葉するまで
このままお前と寝ていたいと思う
お前はどう思う?>

季節は春ですね。で、紅葉の秋までこのままでいたいという……。「君をいつまでも
離さないよ」なんて言うより具体的で力強いです。こういうのに女の人はどう返事す
るのだろう……。いやいや、もう勝手にして下さい! だんだんいやになってきた。

とまぁ、こんな感じで、男と女の世界をストレートに歌った歌が、巻第十四にはズラ
リと並んでいます。どのページを開けてもそうです。この中にはきっと今の時代にも
使える表現が一杯あると思います。是非一度ページを繰ってみて下さい。

次回は「恋の始め方」です。
どうぞお楽しみに。


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番外編第六回いかがでしたか?

「恋歌」番外編は第一、第三月曜日発行です。


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2002.7.1 「恋歌」番外編第六回発行号


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