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          * * *番外編 第三回 * * *


梅雨の走りのような毎日ですね
皆様いかがお過ごしですか?

いよいよ佳境にはいってきました 「恋歌」番外編
本日は第3回目をお届けいたします、、、

今回のテーマは「奥様には勝てません」です。

今も?昔もこの日本ではカカア殿下ということが
暗黙の了解となっていますね。
女性リードの男女間が、案外本質的で幸せなのかもしれません。


では、おまちかね、タンゴ黒猫さんのお話に耳を傾けてみましょうか、、、

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第3回 奥さんには勝てません

憶良らは 今は罷らむ 子泣くらむ
そのかの母も 吾(あ)を待つらむそ

『万葉集』巻第三の「雑歌」に分類されている、有名な山上憶良(やまのうへのおく
ら)の歌(337番)です。高校の教科書に出てくる歌ですね。私は中学の時にも習っ
たように記憶しています。山上憶良と言えば、「子供」です。「子供への愛」を歌っ
た歌がいくつかあります。そして「貧窮(ひんぐ)問答歌」のような、庶民の生活を
歌った歌があります。社会派であり、愛の歌人として知られている人ですね。ですか
ら、この歌も「親の子に対する愛」ということで、教科書に載っているのではないで
しょうか。

ところが、僕の読みは少し違います。この歌がどのシチュエーションで詠まれたか、
を考えると、もう一つの読み方が出てきます。詞書には、

山上憶良臣(やまのうへのおくらのおみ)の宴を罷(まか)るの歌一首

とあります。山上憶良が、宴会の席を中座する時の歌だというのです。ここで僕は想
像してみるのです。宴会に参加している都人たちはお酒に酔って歓談している。時に
は笛などを吹いたり、歌も歌ったり、楽しく盛り上がっていたことでしょう。ところ
が、その盛り上がっている最中に、突然、山上憶良が立ち上がって歌うのです。

憶良らは 今は罷らむ 子泣くらむ

<この憶良めは 今日のところはこの辺で失礼します
子供が泣いているでしょうから>

この歌は五七調でも七五調でも読めるけれども、僕の勝手流では七五調で読んで、こ
こで憶良がポーズを置いたと考えたいですね。突然の中座、それも理由が子供が泣い
ているから、ときた。せっかく盛り上がっていた宴会は一時シラ〜っとなってしまっ
たに違いありません。当時の人たちにとっても憶良は「社会派」「愛の詩人」だった
でしょうから、「あいつめ、こんな時にまたあんな事言いおって」みたいな白い目で
見た人もいたかもしれません。

ところが、皆の注目が集まって一瞬白けた、その緊張の一瞬を待って下の句を詠むの
です。

そのかの母も 吾(あ)を待つらむそ

<いや、その子供の母親、つまり家内が私の帰りを待っておりまして……>

これで一同大爆笑! 何だ、帰る理由はカカァか、それじゃあしょうがねぇなぁ(何
故か江戸調になってしまった)、しっかりやって来いや、明日遅刻すんなよ、とかい
ろいろ冷やかされながら憶良は帰り、一同は憶良のことを酒の肴にまた飲み続けたに
違いありません。

僕は憶良については、『万葉集』の歌の中でしか知りませんが、愛を歌った人ですも
の、奥さんのことは大事にしていたのではないでしょうか。「親の子に対する愛」を
歌った歌というより、今ここに書いたように読んだ方がずっと人間味があって親しみ
が持てると思うのですが、どうでしょうか。

ところで、男の社会というのは不思議なもので、今の会社でも、上司に飲みに誘われ
た時や、飲み会を中座する時、この理由は有効なんですね。つまり、例えば「今日は
英会話学校に行く日ですから」なんて言おうものなら「今日一日行かなくたって、ど
うせそんなに変わりゃしないよ。それより今日は腹を割って飲もうじゃないか」みた
いにしつこく誘ってくるのに、例えば独身なら「これか」と小指を突き立てられ、
「ええ、まぁ」とか答えると冷やかされはするものの、割とあっさりと帰してくれま
す。結婚してる人なら、「今日は結婚記念日なんで」というのも同じ。すぐに帰して
くれます。男性社会では、暗黙の了解の裡(うち)に、「会社の人間関係より奥さん
(または恋人)優先」というのがお互いの間にあるような観があります。上司も奥さ
んには勝てないのですね。で、僕はこの傾向は万葉の時代からあったのではないか、
と憶良の歌を読みながら考えるわけです。

そう言えば……。こんな歌があります。巻第十三に問答の歌としてあるもの(3312
番)です。

隠口(こもりく)の 泊瀬小国(はつせをくに)に
よばひ為(せ)す わが天皇(すめろき)よ
奥床に 母は寝たり
外床(とどこ)に 父は寝たり
起き立たば 母知りぬべし
出で行かば 父知りぬべし
ぬばたまの 夜は明け行きぬ
幾許(ここだく)も 思ふ如(ごと)ならぬ
隠妻(こもりづま)かも

これは、隠国(こもりく)、つまり山に囲まれた地方である泊瀬の国に妻を求めて訪
れた天皇が、この女性に戸を開けて下さい、とお願いした歌の答えなのです。

<山に囲まれた里 泊瀬小国に
求婚なさりに来た 私の愛しい天皇よ
家の奥の床には 母が寝ております
出口に近い床には 父が寝ております
私が起き立てば 母はきっと気づくでしょう
家を出ようとすれば 父がきっと気づくでしょう
ぬばたまのような暗黒の夜も もう明けてしまいました
こんなにも 思い通りにはならない
隠り妻の身なのです この私は>

この歌で僕が面白いな、と思ったのは、家族の寝ている位置です。これは一般庶民の
家、農民の家でしょうか。やはり、子供は未来を担うのですから大事ですが、その子
供を産むのは母親です。従って、母親が一番奥に寝ているわけです。(だから奥様と
かお上さんとか言うのでしょうか。)そして次が子供、そして一番出入口に近い所が
警備もかねて父親、というわけですね。

やっぱり奥さんが一番強いのだ、この国では!

ということで、次回は「天皇のラブソング」と題して送ります。お楽しみに。

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番外編第三回いかがでしたか?

「恋歌」番外編は第一、第三月曜日発行です。


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2002.5.20 「恋歌」番外編第3回発行号


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