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       * * * 番外編「男と女の古事記伝」第9回 * * *
              2003.12.11

今年も最後の月となり、ようやく冬らしい寒さが増してきた此の頃ですが、
皆様いかがお過ごしでいらっしゃいますか?
番外編第9回目の配信です。


今回はヤマトタケルノミコトが登場します。日本の古代神話の英雄として有名です
が、実はこのヤマトタケル、危機が迫った時にはいつも女性の助けがあった、という
のです。こうした女性たちがいなければ、ヤマトタケルの偉大な遠征は成し遂げられ
なかったのではないかもしれない。。。


『古事記』最大の英雄と彼を巡る女性たちの物語、
どうぞご賞味下さい。。。


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   第9回 ヤマトタケルを巡る女性たち


さて、今回はいよいよヤマトタケルノミコトの登場です。

皆さんは、ヤマトタケルというとどんな人を想像しますか? そうですね、やはり力
強い、逞しい英雄のイメージでしょうか。ところが、このヤマトタケル、九州のクマ
ソ征伐に向かった時は、まだ15歳位の少年だったのですね。クマソタケルを倒した時
も、実は女装してクマソタケルの宴の席に紛れ込み、その女装したヤマトタケルをこ
れは美しいと気に入ったクマソタケル兄弟が側に侍らせた位です。ヤマトタケルとい
う勇ましい名前はそのクマソタケルからもらったものであり、もともと小碓命(コウ
スノミコト)というパッとしない名前ですし、クマソタケルに向かってはヤマトオグ
ナ、つまりヤマトの国の少年、と名乗ってますから、英雄と言っても、筋肉隆々とし
たシュワルツネガーみたいな逞しい男というよりは、むしろ女性的なしなやかさを持
つ美少年だったのでしょう。

このヤマトタケル、西は九州のクマソから東は相模から常陸の国、つまり今の茨城県
のあたりまで遠征して、大和朝廷に服しない豪族たちを従えたことになっていますか
ら、相当な英雄なわけですが、この英雄、危機に瀕すると必ず身近にいる女性が救っ
てくれるのです。この女性たちがいなければ何度命を落としているかわかりません。
今回はその辺りにスポットを当てながら、ヤマトタケルの遠征を辿ってみることにし
ます。

ヤマトタケルが遠征に出ることになったそもそもの発端は、天皇である父を軽んじる
兄、大碓命(オオウスノミコト)にあります。大碓命は天皇が召した女性を自分のも
のにして天皇には身代わりの女性を差し出したり、天皇に二心なきことを表すために
行われた朝夕の会食に現れなかったりしたのです。大碓命を説得して会食に連れて来
るよう命ぜられたヤマトタケルは兄の大碓命のあまりの態度にキレてしまったのでしょ
う、素手で殺してバラバラにしてしまうのです。その所業に恐れをなした父天皇は
「西の方に、我々に従わないクマソタケル兄弟がいる。この者たちを殺して来い。」
と命じるのです。

まだ15歳位の、少女と見紛うほどの少年をそんな所に差し向けるとは、死ねと言って
いるようなものです。神の御加護を、ということもあったのでしょうか、ヤマトタケ
ルは伊勢神宮に仕えておられた叔母のヤマトヒメを訪ねます。そこでヤマトヒメは自
らの衣装と剣(つるぎ)を渡すのです。ヤマトヒメは伊勢に仕える身ですからその衣
装を渡したということはつまりアマテラスの御加護がある、ということなのですね。
しかし、そんな精神的な意味よりも、実際にこの衣装を使ってヤマトタケルは女装し、
そして賜った剣でクマソタケルを倒したわけですから、ヤマトヒメ、最も必要なもの
を賜ったことになります。

ところで、先に述べましたようにヤマトタケルという呼び名は倒した相手、クマソタ
ケルから賜ったものなのです。死の間際にクマソタケルはヤマトタケルにこう言うの
です。「西の方では我ら兄弟を措いて強い人はいない。が、ヤマトの国にはその我ら
より強い男がいたのだな。そこでお前に新しい名前をつけてあげよう。これからはヤ
マトタケルと名乗るがよい。」と。ここではクマソタケルが名を賜ったことになって
いますが、実は古代の日本では、強い相手を倒して征服した場合、その相手の力が乗
り移ったものと見做され、征服した相手の名を名乗るということがあったのです。そ
こで梅原猛さんはその著『海人と天皇』の中で、「日本」、則ち「日の本」という国
号は、「日高見の国」、「日出づる処(チュプカ)」と呼ばれた所謂蝦夷の地をヤマ
トが征服したことによって名乗るようになったという説を展開しています。

さて、話を戻しますと、こうしてヤマトヒメから賜った衣装と剣とで見事クマソを征
伐したヤマトタケルは帰国の途上、出雲の国に立ち寄り、イズモタケルをも倒し、見
事凱旋するわけですが、帰ってみれば父天皇はこれを賞するどころか、ますます恐れ
をなし、「東の方の12国の神々が暴れまわって我々に従おうとしない。行ってこの神々
を平定して来るのだ。」と休む間も与えずに命じます。ヤマトタケル、再び伊勢にヤ
マトヒメを訪れ、泣きつきます。「天皇は私に早く死んでほしいと思っておいでなの
でしょうか。西の国の従わぬ人々を撃ちに遣わして、復命してまだどれほどの時間も
経っていないのに、軍隊もお授けにならずに今度は東の方12ヶ国の従わぬ人達を平定
して来いとの仰せ。このことをつらつら考えてみるに、やはり私に死ねと思っておら
れるとしか思えません。」この時ヤマトヒメは草薙剣(くさなぎのたち)と袋を賜わ
れ、もし万事窮す時は、この袋の口を解きなさい、と言うのです。

ヤマトヒメから草薙剣と袋を賜ったヤマトタケルは尾張の国、と言いますから今の岐
阜県のあたりでミヤズヒメの家に泊まります。が、ヤマトタケル、この時にはミヤズ
ヒメと床を共にすることなく、この遠征の帰りに必ずここに立ち寄り、妻として迎え
るからと、約束だけしてここを発つのです。オオナムチもそうでしたが、仁徳天皇と
か、雄略天皇とか、英雄的天皇に美人の女性と見るとすぐに交わってしまう人が多い
のに、このヤマトタケルのとった態度、少年らしい純粋さを感じさせて非常に好感が
持てますね。

この後ヤマトタケルは東国へと向かい、その道々反旗を翻す神々人々を従えていきま
す。そして、相模の国、今の神奈川県のあたりで危機に遭遇します。その国の国造
(くにのみやつこ)、つまり長官のような人が、ヤマトタケルをある野原に連れて行
き、「この野の中に大きな沼があって、その沼にひどく荒々しい神が住んでいるので
す」と言います。そこでヤマトタケルがその野に入っていくと、この国造は野に火を
放ち、ヤマトタケルを焼き殺そうとします。火は四方八方からヤマトタケルに迫って
来ます。万事窮す! と、その時、ヤマトタケルはヤマトヒメから授かった草薙剣で
周りの草を払います。これで一応火は止まるでしょうか。ここで同じくヤマトヒメか
ら授かった袋を開けてみると、何と中に入っていたのは火打ち石が2つです。この石
で火を起し、向火(むかいび)と言って、向かって来る火に対して、こちらから火を
かけ、火の向きを変えて見事脱出、騙した国造らを滅ぼしてしまいます。

その後、浦賀水道を渡ろうとするのですが、今度はその海の神が邪魔をしてきます。
波のために船がグルグルと旋回して先に進むことができなくなってしまうのです。ま
たもやピンチ! と思いきや、ここに3人目の女性の登場です。ヤマトタケル、どう
も、この相模の国で妻を娶ったようなのです。その名はオトタチバナヒメ、『古事記』
には「后(きさき)」と表現されていますから、生活を共にし、この船旅にも同行し
ていたのでしょう。この姫、その美しい名前からは想像できないほど勇敢なのです。
「私が御子様に代ってこの海に入って海の神を鎮めましょう。御子様にはまだこの先、
今回の使命を見事果たして、天皇のもとに帰り、その報告をせねばなりませぬ。」こ
う言って、海に下りていくのです。そして、こう歌うのです。

さねさし 相模(さがむ)の小野(をの)に
燃(も)ゆる火の 火中(ほなか)に立ちて
問ひし君はも

<相模の国の野原で
 燃える火の中に立って
 あなたは私に言い寄ったのでしたね>

ここに海は静かになり、船は先に行くことができるようになったのでした。そして7
日後、姫の櫛が浜辺に打ち上げられます。ヤマトタケルは姫の陵を造り、そこにこの
櫛を納めるのです。何とも悲しい話です。

それから足柄山のあたりを通り、甲斐の国、今の甲府のあたりを通り、そして尾張の
ミヤズヒメの許に帰って来ます。約束通り妻として迎えることとなり、祝宴が催され
るのですが、ヤマトタケルはミヤズヒメの襲(おすい)の裾に月のものが付いている
のに気づきます。そしてこう歌うのです。

ひさかたの 天(あめ)の香具(かぐ)山
利鎌(とかま)に さ渡る鵠(くび)
弱細(ひはぼそ) 手弱腕(たわやがひな)を
枕(ま)かむとは 我(あれ)はすれど
さ寝(ね)むとは 我(あれ)は思へど
汝(な)が著(け)せる 襲(おすひ)の裾(すそ)に
月立ちにけり

<遠く仰ぐ 天の香具山を
 鋭い鎌のように空を渡っていく白鳥のように
 ほっそりとか弱く しなやかなあなたの腕を
 抱いてみようとするのだけれど
 あなたと床を共にしたいと思うのだけれど
 あなたが身に着けている 襲の裾から
 月が現れたことよ>

ミヤズヒメの返しです。

高光(たかひか)る 日の御子
やすみしし 我(わ)が大君
あらたまの 年(とし)が来経(きふ)れば
あらたまの 月は来経往(きへゆ)く
諾(うべ)な諾(うべ)な諾(うべ)な 君待ち難(がた)に
我(わ)が著(け)せる 襲(おすひ)の裾に
月立たなむよ

<高い空に輝く太陽の御子
 この国を平和に治める私の大君よ
 新しい年が来ては去って行くように
 新しい月もまた来ては去って行く
 ほんとに ほんとに ほんとに あなたを待って待って待ちかねて
 私が身に着けている 襲の裾から
 月が現れたことですよ>

こうして2人は結ばれるのですが、この後、ヤマトタケルは草薙の剣をミヤズヒメの
許に置いたまま、伊吹の山の神を素手で鎮めようと再び旅に出てしまいます。が、
「素手で取ってやる」などと口に出して言ってしまったために、神の怒りを買ったの
でしょうか、ここからが不運のはじまりとなります。やがて、歩くのが困難となり、
遂に今の三重県あたりで死を予感し、長いこと戻っていない故郷のヤマトを懐かしん
で有名な「思国歌(くにしのいのうた)」を歌います。

倭(やまと)は 國のまほろば
たたなづく 青垣(あをかき)
山隠(やまごも)れる 倭しうるわし

<ヤマトは この国で一番素晴らしい所だ
 畳み重ねた 青い垣根のような
 山に囲まれたヤマトは ほんとに美しい所だ>

ヤマトタケルは思い残すことがいろいろあったのでしょう、この後もいくつか歌を歌
います。その最後の歌は、

嬢子(をとめ)の 床(とこ)の辺(べ)に
我(わ)が置きし つるぎの大刀(たち)
その大刀はや

<あの乙女の 床の辺りに
 私が置いてきた 剣の太刀
 あの太刀は……>

ここでヤマトタケルは命尽きてしまいます。最後の瞬間にミヤズヒメのことを、そし
てそこに置いてきた剣のことを思い出したのですね。あの剣さえあそこに置いて来な
かったらこんなことにはならなかったのでは、そしてミヤズヒメの許を離れなければ
……。全く、東国の荒ぶる神々を下し、愛するミヤズヒメと結ばれるという幸せを手
に入れながら、どうしてこれまで自分の身を守ってくれた剣を置いて、そしてミヤズ
ヒメを置いて、命じられてもいない遠征に出てしまったのか、この流れが、ヤマトタ
ケルの心理が僕にはまだ理解できないのです。結果としては、それによって不運を招
いているわけですから。

僕はこのヤマトタケルの遠征譚に、女性の助けあっての英雄、という、やはり男と女
が同時に生まれた国ならではの思想を見るように思います。そう言えば、同じく女性
によって英雄が助けられるというモチーフは、例の、大国主と呼ばれたオオナムチの
物語にも表れていたこと、思い出されませんか?

ヨーロッパ的な英雄譚では、男は常に強い存在であり、女性は常に弱い存在であって、
男は敵や魔物や怪獣などと戦い打ち勝って、美しい女性をそれらの敵から救い出し、
自分のものにする、という図式が一般的ですね。守られるべき女性も活躍することが
ないではないですが、オトタチバナヒメのように自らの身を犠牲にして英雄を助けた
り、ヤマトヒメのように与えるものが全て先を見越した、本当に必要なものであるよ
うな、本質的に英雄の命を救っているようなことはないように思います。これに比べ
るとヤマトタケルやオオナムチの物語は、どんなに強い英雄も、男一人では敵を倒し
得ない、もっと言うと生きていけないということを私たちに伝えているように、僕は
思うのです。


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「恋歌」番外編は隔週木曜日に発行します。
次回をどうぞお楽しみに。。。。


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2003.12.11 「恋歌」番外編第9回発行号


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