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       * * * 番外編「男と女の古事記伝」第8回 * * *
              2003.11.27

 こんにちは、皆様いかがお過ごしでいらっしゃいますか?
 番外編第8回目の配信です。

 今回は皆さんもご存じの海彦山彦の物語です。が、この物語の悲しい結末をご存じ
でいらっしゃいますか? その結末に、どうしてこのようなパターンの話が日本では
何度も繰り返し語られるのか、タンゴ黒猫がその謎に迫っていきます。

 どうぞご賞味下さい。。。


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   第8回 海から来た姫君


さて、海幸山幸の話は皆さんもよくご存じでしょう。海幸彦と呼ばれたホデリノミコ
トと山幸彦と呼ばれたホオリノミコトはある時その道具と取り換えるのですが、日頃
山の獲物を獲っていたホオリノミコトはうまく魚が釣れないだけでなく、釣り針を海
に失くしてしまいます。そのうち、兄のホデリノミコトが道具を元に戻そう、と言い
出し、釣り針を失くしたことが明らかになります。ホオリノミコトが謝っても、新た
に立派な釣り針を作って返そうとしても、ホデリノミコトは元の釣り針でないとダメ
だ、あの釣り針を返せ、と無理を言って責め立てるのでした。

しかし、海で失くしたものをどうして探し出すことができるでしょう。ホオリノミコ
トが海辺で泣いて困っていると、シオツチノカミという潮路を司る神様が現われて、
あなたのためによい工夫をしてあげよう、と言って小舟を造り、私がこの舟を押し流
せば、海の神様の宮に着くであろう。その宮の泉の辺(ほとり)に枝葉の繁った桂の
木がある。その木の上にいれば海の神様の娘があなたを見つけて、相談に乗ってくれ
るであろう、と言うのです。

ホオリノミコトがシオツチノカミの造った小舟に乗って行くと、その話の通り魚の鱗
のように屋根を葺いた宮殿に辿り着きます。そして言われた通り桂の木の上に上って
座っていると、海の神様の娘、トヨタマヒメの侍女が泉で水を汲もうと現われました。
侍女は泉に影が映っているのに気づき、見上げてみると何ともいい男がいるではない
ですか。ホオリノミコトはその侍女を見ると、水を一杯頂けませんか、と言います。
侍女が器に水を汲んで渡すと、ホオリノミコトは水は飲まずに、首飾りの玉を緒から
外して、口に含んでから器に吐き出したのです。すると、玉は器にくっついてしまい、
侍女は玉を器から取り出すことができません。仕方なく、そのまま器をトヨタマヒメ
の所に持って行くと、姫はその玉を見て、「もしかして、門の外に誰かいるのですか」
と訊きますので、侍女は今見て来たことを話します。不思議に思った姫は自ら確かめ
ようとホオリノミコトを見に行きます。と、これはもう、会った途端に目と目が合い、
心と心が通い合う、衝撃的な、運命的な出会いとなります。姫は「門の外に立派な男
の方がいらしてます」と父である海の神様にそのことを伝えますと、海の神様も自ら
外に出て来て、「何と、この方は天の神様の御子で、ソラツヒコと呼ばれる方である
ぞ」と言って、それは丁重なおもてなしとなり、一大饗宴となり、そして、娘のトヨ
タマヒメを娶せるのでした。

こうしてホオリノミコトは3年を海の神様の宮殿で楽しく過ごすのですが、ある晩、
釣り針を探してここに来たという最初の目的を思い出し、大きく嘆きます。ホオリノ
ミコトが嘆いていることを娘から聞いた海の神はホオリノミコトにその理由を聞き、
魚たちを集めて実はタイが最近喉に魚の骨がささってものをよく食べることができな
いらしいことがわかり、タイを呼んで見事その喉から釣り針を探し出します。

海の神はその釣り針をホオリノミコトに渡す時に、「この釣り針をお兄さんに渡す時
に、『この釣り針は心のふさがる針、心のたけり狂う針、貧乏な針、愚かな針』と言っ
て、後手に渡しなさい」と言います。後手に渡すというのは人を呪う時の行為だそう
です。この言葉も呪いの言葉ですね。更に、「お兄さんが高い所に乾いた田圃を作る
なら低い所に湿田を作りなさい。もし低い所に湿田を作るようなら高い所に乾いた田
圃を作りなさい。そうすれば、私は水を司る海の神であるから、必ずやお兄さんが貧
しくなるようにするであろう。そこでもしそうなったことでお前を恨んで攻撃をしか
けてくるなら、この「潮満つ玉」と「潮干る玉」を使ってお兄さんを悩ませるとよい」
と言って、潮の満ち引きを自由に操る玉を授けるのでした。そしてサメに乗せてホオ
リノミコトを地上の国に帰すのです。

ホオリノミコトが言われたように釣り針を返すと、兄のホデリノミコトはどんどん貧
しくなり、とうとう怒ってホオリノミコトのところに攻めてきました。が、攻めよう
とすると潮が満ちてきて溺れそうになります。ホデリノミコトが許しを請うと、潮が
引くようにして兄を助けます。ホデリノミコトは「今後は昼となく夜となくお前を守っ
て仕えよう」と服従を誓うのです。

と、ここまでの話は子供の頃聞かされた方も多いでしょう。が、実はこれには続きが
あるのです。妻として3年を共に過ごしたトヨタマヒメはホオリノミコトの子を宿し
ていたのです。そしてその産み月となり、ホオリノミコトの許を訪れます。「天の神
の御子を海で産むべきではありません。」そして海辺に鵜の羽根を萱のように葺いて
産屋を造ります。が、まだ葺き終らないうちにお腹の子が急に生まれそうになり、ト
ヨタマヒメはこの産屋に入ります。そしてホオリノミコトに言うには、「他の国から
来た人は皆、子供を産む時になるとそのもと来た国での姿になって産むのです。私も
産む時には海の国での姿となるでしょう。お願いですから、決してその姿を見ないで
下さい。」

しかし、何を変なことを言うかと思ったホオリノミコトはこっそりと出産の場を覗い
てしまうのです。するとどうでしょう。トヨタマヒメは大きなサメの姿となり、腹這
いになってうねりくねっていたのです。驚いたホオリノミコトは逃げ出してしまいま
すが、トヨタマヒメも見られたことに気づきます。「この子のためにも、海の道を足
繁く通ってお逢いしようと思っていたものを、もう恥ずかしくてお目にかかることが
できません」と言って、海に消えてしまいます。

生まれた子供は、鵜の羽根の萱を葺き終らないうちに生まれたのでウガヤフキアエズ
ノミコトと名付けられ、トヨタマヒメの妹タマヨリヒメが乳母となって育てられます。
あれだけお願いしたのに覗くなんてと恥ずかしく、恨む気持ちがありながらも、やは
りわが子に会いたい気持ちは抑えることができません。そこで妹に託してホオリノミ
コトに歌を贈るのです。

赤玉(あかだま)は 緒(を)さへ光れど
白玉(しらたま)の 君が装(よそひ)し
貴くありけり

<赤い玉はその緒さえ光るけれど
 白い玉のようなあなたのお姿は
 ほんとに貴くありがたいものでした>

ホオリノミコトの返しです。

沖つ鳥 鴨著(ど)く島に
我が率寝(ゐね)し 妹(いも)は忘れじ
世のことごとに

<沖を飛ぶ鴨の寄り着く遠い島で
 共に寝た愛しいあなたのことは忘れられない
 夜が来るごとに この命が尽きるまで>

どちらも美しい歌ですね。でも、これだけ愛しているのなら、どうしてホオリノミコ
トは産屋を覗いたりしたんでしょうか。覗く、と言えば、イザナギが黄泉の国にイザ
ナミを訪ねて行った時のことを思い出しますね。それから鶴の恩返しの話などもそう
ですが、女が覗くなというのを男が覗いてしまい、最愛の妻を失うというのは何度と
なく繰り返されるテーマなのですね。一体、ここにはどんな意味が隠されているので
しょうか。これには人類学や民俗学、歴史学といった専門家の方々がそれぞれの立場
で様々な説を打ち立てていらっしゃるのでしょうが、勉強不足もあってここではそう
した意見には触れずに、いつもの勝手読みで、僕個人が感じていることを述べてみる
ことにします。

『古事記』ではタマヨリヒメのことを「他國(あだしくに)の人」と記しています。
そしてイザナミは黄泉の国の食べ物を食べたことで黄泉の国の世界の人になったと記
しています。言わば、この女性たちは男の側から見ると異界の人であるわけです。異
界という言葉がピンと来なければ宇宙人、エイリアンと言ってもいいかもしれません。
ヒドイと思われる向きもあるかもしれませんが、でも実際、男のことを宇宙人と思っ
ている女性の方々、女性のことを宇宙人と思っている男性の方々、結構いらっしゃる
んじゃないでしょうか。全く理解に苦しむ、何をするか予測不可能、という意味にお
いてですが。

いや実際、生物学的な体の構造も違いますし、最近の研究によると男と女とではもの
の理解の仕方、記憶の仕方などが異なることがわかってきています。同じ人間だと思っ
て、相手のことを理解できると思っているから逆にわかり合えないのかもしれません。
最初から宇宙人、最初から理解できない存在であると考えた方が、より相手のことを
わかりたいという気持ちになれるのではないでしょうか。

個人的な話をしますと、もう昔のことですが好きな人がいたんですけど、その人とは
仕事が違うのは勿論のこと、趣味も違えば考え方も違う、まるで自分との共通点のな
い人だったんですね。だけど何故か好きで、一緒にいると楽しかったのです。彼女も
そのようでした。きっと言葉の上ではチグハグな会話してたんでしょうけど、気持ち
の上ではつながっている、そんな感じですね。僕の周りにいるどんな女性とも似てい
ないこともあって、彼女のことをわかりたい気持ちが強く、一緒にいると自分の世界
が広がっていくようでした。世の中に男と女がいるというのは、そういう異質なもの
が出会い、そこで新しい世界が開かれていくということなのではないでしょうか。

しかし、ここで重要なのは、その異質なものをどれだけ受け容れられるか、というこ
とだと思います。女の人の気持ちが冷めたり、不満を持ってしまうのは、一緒に生き
ている男の愛を感じられなくなった時だと言います。愛って何でしょうね。僕もかつ
てつき合っていた女性に「愛してる」なんてことを言って、「愛してるってどういう
こと?」と言われたことがあります。これは男が言葉で何を言っても何をしてもダメ
な世界ですね。その女性が愛されていると感じられなければ愛してるとは言えないの
です。

ただ一つ言えるのは、その女性をまるごと受け止めることができているかどうか、と
いうことだと思います。ただその瞬間の見た目だけで愛しいと思ってもダメだ、とい
うことです。見た目はいずれ年齢を重ねれば変りますし、まして化粧し着飾る女性た
ちのことですもの、そこだけで判断していてはその女性の存在そのものを受け容れて
いるとは言えないのは明らかでしょう。

サメはトヨタマヒメにとっては本来の姿でした。しかしその姿を見て逃げてしまうほ
どホオリノミコトにとっては受け容れられないものだったのですね。本来の姿を受け
容れられないわけですから、女の側からすればそれは愛されないどころか自分の存在
を否定されたも同じ、こんなに悲しいことはありません。もう一緒に暮らせないのは
当然です。イザナギも、鶴の恩返しの男も、みんな自分の妻の姿を受け容れられなかっ
た。みんなそれでも自分の愛が変らないものであることを示せなかった。勘のよい女
性たちのこと、見るなと禁止したのは見たあと男がどうするか、それによって幸せな
生活が失われてしまうことが予見できていたからでしょう。男は愛する人を失って初
めて、その失ったものの大きさに気づかされるのです。

子供の時に聞かされた海幸山幸の楽しい話は、こうして子供が生まれるという本来お
めでたい機会が一転して悲しい話となってしまうのです。そして次のような結末を迎
えます。

二人の子供ウガヤフキアエズノミコトはタマヨリヒメの妹で自分の乳母でもあるタマ
ヨリヒメと結ばれ4人の皇子を生みます。その第4皇子のカムヤマトイワレヒコノミ
コトこそ後の神武天皇であり、つまり初代の天皇となる人です。この後『古事記』は
この神武天皇の系譜を辿っていくことになります。

しかし私が気になるのは第2皇子のイナヒノミコトの行方です。彼は母の生まれ故郷
を懐かしみ、海の国へと向うのです。「稻氷命(いなひのみこと)は、妣(はは)の
國として海原に入りましき。」この一文を以て『古事記』の上つ巻、神々の時代の話
は終ります。何という悲しみと憧れとを湛えたエンディングなのでしょう。

次回は悲劇の英雄ヤマトタケルノミコトの登場です。お楽しみに。


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「恋歌」番外編は隔週木曜日に発行します。
次回をどうぞお楽しみに。。。。


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2003.11.27 「恋歌」番外編第8回発行号


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