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       * * * 番外編「男と女の古事記伝」第7回 * * *
              2003.11.13

 こんにちは、皆様いかがお過ごしでいらっしゃいますか?
 番外編第7回目の配信です。

 今回はコノハナノサクヤヒメを巡る物語です。
 思わず美しい女性をイメージしてしまう名前ですが、この姫君を巡る物語は男が女
のことをわからなくなったことを象徴しているのではないか、そしてわからなくなっ
てしまったまま現在に到っているのではないか……。この物語にタンゴ黒猫はそんな
ことに思いを馳せているようです。

 どうぞご賞味下さい。。。


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   第7回 花の命は――男とは勝手なもの


今回の主人公はコノハナノサクヤヒメです。漢字では木花の佐久夜毘売。どちらにし
ても、まぁ、何ともロマンティシズム溢れる、イメージを掻き立てられる名前ではな
いですか。私などはこの名前を聞いただけで、どんな美人だったのだろうかとワクワ
クしてしまうのです。そのコノハナノサクヤヒメを巡るお話とは――。

オオナムチの国譲りを受けて、ニニギノミコトが雲を押し分け、威風堂々と高千穂の
くじふる嶺(たけ)に降りてきます。ニニギノミコトは「ここは韓国(からくに)に
面し、笠狭崎(かささのみさき)にも通じる場所、朝日が差し、夕日が照る、とても
よい所だ」と仰せになり、ここに壮麗な宮殿を構えるのです。

そのニニギノミコト、笠狭崎で美しい乙女に出会います。「どちらのお嬢様ですか」
と尋ねると、「大山津見の神の娘、カムアタツヒメ、またの名をコノハナノサクヤヒ
メと申します」と言います。大山津見とは山の神様でしょうか。

「兄弟はいらっしゃるのですか?」
「イワナガヒメという姉がおります。」
「あなたと契り、妻に迎えたいと思うのですが。」
「私が答えることはできません。父の大山津見の神におっしゃって下さい。」

というわけで、大山津見の神に使いを出すと、この神様、その喜ぶこと尋常ではあり
ません。コノハナノサクヤヒメだけでなく、その姉のイワナガヒメまで添えて、様々
な品々を持たせるのです。

今、様々な品々、と書きましたが、これは所謂嫁入道具ではありません。道具は道具
なのかもしれませんが、何れもお聟さんが使うもの、そう、お嫁さんの方からお聟さ
んの方への贈り物なのです。嘗ては招婿婚(しょうせいこん)、つまり、女は実家に
留まり、男は毎日女のもとを訪れるという形の婚姻形態でした。このシステムの下で
は、男の経済的な面倒は全て女の実家が見る、というようになっていました。従って、
親が亡くなったり、家が没落したりと、経済的な危機が訪れると、男の面倒を見るこ
とが難しくなり、男の方ではそれを別の女の許に通う理由にできたのです。ですから、
高貴な方に見初められた、或いは手がついたとなると、もう家を挙げて男に通い続け
てもらえるように懸命になるわけです。

え、誰です? 羨ましいなんて言ってる男性読者の方は? しかしこれはこれで大変
なのですよ。昔は車なんでありませんからね。大体彼女の許まで4、5キロ歩くのは
ザラだったようです。そして朝まで相手するわけでしょう。ところで、当時の会社、
というか宮での仕事のスタートは日の出と共に始まるものでしたから、今で言うと朝
の5時とか6時には始まるわけで、それまでには仕事場に着いていなければならない。
ということは彼女の後朝(きぬぎぬ)の別れを済ませるのが朝の4時頃でしょうか。
そこからまた歩いて出勤。朝起きるのが辛い、30分も歩いたら疲れる、なんて言って
る軟弱な現代人には務まりません。更に、ギリギリまで女のところにいて、バタバタ
と仕事場に現われようものなら、清少納言のような鋭いお局OLから冷たい視線を浴び
ます。曰く、「朝帰りするんだったらね、だらしな〜く、直衣(のうし)とか狩衣
(かりぎぬ)とか歪んで着てたりしたらもう、サイテー。朝帰りの姿こそね、その人
の品格とかセンスとかが出るものよ!」ということになるでしょう。(『枕草子』第
六十三段、筆者による自由訳)

あ、話が大きく逸れました。ま、とにかく、大山津見の神としては、我が娘が天の神
様の御子に見初められたわけですから、もう一生懸命になったわけですね。

ところが、です。この姉妹の姉の方、イワナガヒメは相当な不細工だったようです。
原文、「甚凶醜(いとみにく)きによりて、見畏(みかしこ)みて」と言いますから、
恐れをなす程醜かったのでしょうか、ニニギノミコトはコノハナノサクヤヒメだけを
留めて、イワナガヒメの方は帰してしまうのです。大山津見の神はこのことを大いな
る恥としながら、同時に、ニニギノミコトにこう言って遣わすのです。

「私が二人の娘を揃えて奉りましたのは、イワナガヒメをお側にお使いになりますれ
ば、天の神の御子様のお命は、どんなに雪が降り、風が吹こうともびくともしない岩
のように、微動だにもせず永遠に続くことでありましょうし、また、コノハナノサク
ヤヒメをお側にお使いになりますれば、木の花が栄えるように、御子様も栄えますよ
うにとのことからでございます。ところが御子様はイワナガヒメをお帰しになり、コ
ノハナノサクヤヒメだけを留められました。それ故、御子様のお命は木の花のように
栄えはしても、ただもろくはかないものとなるでしょう。」

ああ、どうして男というものはこうも見た目ばかりに囚われてしまうのでしょうか。
これによって、ニニギノミコト以降その子孫、後に天皇と呼ばれる人たちはそれ以前
の神々のように長く生きることはできなくなったと『古事記』の著者は語っています。

さて、それからどの位の月日が経ったのでしょうか。コノハナノサクヤヒメはニニギ
ノミコトにこう告げます。「私は身ごもっておりましたが、産む時が近づいて参りま
した。天の神を父とする御子はこっそりと一人で産むべきではありませんので、こう
してお知らせに参りました。」

ところが、ニニギノミコトはこれを怪しむのです。

「コノハナノサクヤヒメよ。そなたと契ったのはたった一夜ではないか。その一夜で
身ごもったというのか。その子は私の子ではあるまい。きっとどこぞの土地神と交わっ
てできた子ではないのか。」

何というひどい一言なのでしょう。が、コノハナノサクヤヒメは毅然としてこう返事
するのです。

「私が身ごもった子が、もしもどこぞの土地神と交わってできた子であるならば、こ
の子を産む時、この子も私の身も、無事では済まされないでしょう。でも、もし天の
神の御子であるならば、きっと安産となるでしょう。」

こう言うと、コノハナノサクヤヒメは産屋を造らせるのですが、それは出入口のない
大きな家で、コノハナノサクヤヒメがその中に入るとその家に上から土を塗って固め、
そこに火を付けさせるのです。何と危険な産屋なのでしょう。ニニギノミコトのあら
ぬ疑いに、コノハナノサクヤヒメは、命を賭してその身の潔白を証明しようとしたの
でしょう。

そして――。その産屋を包む炎が盛りを迎えた時、コノハナノサクヤヒメはホデリノ
ミコト、ホスセリノミコト、ホオリノミコトの3人の御子を無事に産むのです。この
うち、ホデリノミコトは海の獲物を獲る漁師として、ホオリノミコトは山の獲物を獲
る猟師として、そう、それぞれ海幸彦、山幸彦と呼ばれるようになるのです。次回は
この海幸彦と山幸彦の物語からウガヤフキアエズノミコトの誕生までをお送りします。

それにしても――。男というのは勝手なものですね。見た目で相手を選んだかと思う
と、相手が身ごもった子が他の男と交わって出来た子ではないかと疑ったりする。イ
ザナギ、イザナミの幸せな二人に始まったこの国も、ニニギノミコトに来て男と女が
わかり合えなく、信じ合えなくなってしまったのでしょうか。その意味ではニニギノ
ミコトが降臨したというのは、実際のところ地に堕ちたということなのかもしれませ
ん。

私たちが生きている現代、ニュースで報道される様々な男と女の事件も、本当のとこ
ろでわかり合い、命ひとつで生きることができない故に起こっているように思います。
イザナギ、イザナミの幸せな男女関係をとり戻すこと、それは私たち個人にとっても、
社会全体にとっても今や急務となっているのではないでしょうか。

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「 恋歌」番外編は隔週木曜日に発行します。
次回をどうぞお楽しみに。。。。


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2003.11.13 「恋歌」番外編第7回発行号


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