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       * * * 番外編「男と女の古事記伝」第5回 * * *
              2003.10.9

 今年も月の美しい季節となりましたが、皆様いかがお過ごしでいらっしゃいますか?

 「恋歌」では恋の表現を通して、私たちが忘れてしまった日本古来の男女のあり方
や日本人の魂を取り戻し、一人一人は勿論、日本全体も元気になればとの願いからこ
のメールマガジンを配信しています。

 さて、隔週でお届けしておりますタンゴ黒猫の『男と女の古事記伝』、今日は皆さ
んご存じの大国主神の登場です。

 大国主って言うと、皆さんどんなイメージをお持ちですか? 『古事記』に描かれ
た大国主は子供の頃教科書で教わったのとどうも違うようで、日本最初の駆け落ちや
嫉妬に関係しているというのです。一体どんな話なのでしょうか。

 どうぞご賞味下さい。。。


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   第5回 大国主と日本初の駆け落ち、嫉妬


『古事記』に出て来る神様の中で最も有名で人気のある神様――と言えば、恐らく大
国主神として知られるオオナムチノカミでしょうか。「おおきな ふくろを、かた 
に かけ、」で始まる「大こくさま」の歌、そして因幡の白兎のお話は誰しもご存じ
でしょう。それから僕が小学校の頃は、一年生の国語の教科書に小さなスクナヒコナ
の神様と行った国造りのことが載っていました。何れにしても、歌にある通り、「く
に を ひらきて、よのひと を、/たすけ なされた、かみさま よ」というイメー
ジですね。

この神様、その人気は凄かったようで、出雲の神様にも拘わらず、那智の大瀧で祀ら
れているのですね。思うに大和政権でも否定できないほどの影響力のあった神様なの
でしょう。当然、女性たちにもモテモテだったようで、『古事記』には6人の奥さん
と5人の子供の名前が出ていますが、『日本書紀』によるとその子供は181人もいた
というのです!

そうしたことからでしょうか、『古事記』に出てくるオオナムチの話の前半は何れも
女性がらみの話で、冒頭で申し上げました因幡の白兎の話も、もともとは、女性がら
みの話なのです。多くの兄弟の神様たちがヤガミヒメを婚(よば)いに行くのに、そ
の荷物を担がされていたものだったのです。件(くだん)の白兎を助けると、兎は、
「先に行かれた兄弟の神様たちはヤガミヒメを得ることはできないでしょう。荷を担
ぐような卑しい仕事をされていますが、彼女を得るのはあなたです。」と言うのです。

白兎の予言通り、ヤガミヒメは兄弟の神様たちに向い、「あなた方の言う事など聞く
つもりはありません。私が契りを結びたいのはオオナムチノカミです」と言います。
こうしてオオナムチとヤガミヒメの婚約は成るわけですが、これを兄弟の神様たちは
恨むまいことか。オオナムチを殺そうとします。オオナムチを山に呼び出し、この山
には赤い猪がいる、自分たちが山の上から追い落とすので、下で待ち受けて捕まえろ、
と命じるのですが、実際は火に燃える大きな石を転がし落としたのです。オオナムチ
はこの石によって潰され、焼かれて死んでしまいます。

ところが、これを嘆いたオオナムチの母、サシクニワカヒメが天に上って、最初にこ
の世に現われた神の一人であるカミムスヒノカミにこのことを訴えますと、キサガイ
ヒメ、ウムギヒメという2人の姫――とは言っても、実のところ赤貝と蛤(はまぐり)
の擬人化らしいのですが――が遣わされ、貝のとぎ汁の威力でオオナムチは見事甦る
のです。その様子は「麗(うるは)しき壮夫(をとこ)に成りて、出で遊行(あそ)
びき」というのですから、以前よりますますいい男となって生まれ変わったようです
ね。

兄弟の神様たちも懲りません。山の中に木に楔をたくさん打ったようなワナを仕掛け、
またもオオナムチを山の中に誘い出し、オオナムチはその楔に打たれて死んでしまい
ます。オオナムチの母は彼をワナから解いてまたも再生させると、「お前はここにい
たらいつかは必ずあの神様たちに殺されてしまう」と、紀州のオオヤビコノカミを頼
るように言って逃がします。が、それでも兄弟の神様たちはしつこく追って来るので
す。やがてオオヤビコノカミの許に、弓に矢をつがえてオオナムチを出せ、と迫るの
ですが、オオヤビコノカミは、スサノオノミコトがいる根の国の堅州(かたず)の国
に行きなさい、きっと力になってくれるでしょう、と言ってオオナムチを逃がすので
す。

かくて命辛々、根の国のスサノオを訪ねると、さてそこで迎えてくれたのはその娘ス
セリヒメ。「その女(むすめ)須勢理毘賣(すせりびめ)出で見て、目合(まぐはひ)
して、相婚(あ)ひたまひて」とありますから、もう、これは運命的な出会いですね。
スセリヒメは父であるスサノオのところに行き、「超美男子の神様がいらっしゃいま
した」と告げるのです。で、誰かと思ってスサノオが見ると何と自分の六代末の、そ
れも葦原色許男(アシハラシコオ)、つまり日本一醜い男、という異名を持つオオナ
ムチではないですか。「お前、知ってるのか、この男は日本一醜い男と呼ばれてる男
だぞ」というわけで、かつては我が思うがままに暴れ回ったスサノオも、ここではた
だの娘を嫁にやりたくないお父さんになってしまいます。家には泊めるのですが、蛇
が一杯いる部屋やムカデや蜂が一杯いる部屋で寝泊まりさせるのです。が、オオナム
チにゾッコンのスセリヒメは魔法の領布(ひれ)――というのは女性の、ショールの
ようなものですが、これをオオナムチに与え、そのおかげでオオナムチは安泰に毎晩
を過ごすのです。

オオナムチ、最後にはスサノオが寝てる間に、その髪の毛を棟から軒に渡した垂木に
結わえ付け、500人掛りでないと動かないような大きな岩で戸を塞いで、スセリヒメ
を背負ってスサノオの許を逃げ去ります。これは言ってみれば日本最初の駆け落ちで
すね。オオナムチは逃げる時に、生大刀(いくたち)と、生弓矢(いくゆみや)と、
天(あめ)の詔琴(のりごと)という琴を持ち出すのですが、この琴が木に触れて音
を出し、地響きが起こります。これに驚いたスサノオ、飛び起きますが、髪が垂木に
結んであったりしてすぐには動けません。それでもあの怪力が残っていたのでしょう、
最後には部屋ごと倒壊させてオオナムチを追うのです。

が、もう後の祭りでした。スサノオはオオナムチに向ってこう呼ばわります。「お前
の持って行った生大刀と生弓矢とで兄弟の神様たちを追い、従えてこの国を束ねる大
国主神となり、またこの国の魂の現われである宇都志国玉神(ウツシクニタマノカミ)
となって、また我が娘スセリヒメを正妻として迎え、宇迦(うか)の山の麓に壮大な
宮殿を建てて住まいなさい。」こうしてオオナムチはスセリヒメを連れて出雲へと戻
り、スサノオの太刀と弓矢とで兄弟の神様たちを下して従え、国を統一するのです。

さて、しかし、出雲に帰ると、そこには婚約していたヤガミヒメが待っているのです。
ヤガミヒメと婚約していながら、スサノオの命でスセリヒメを正妻とすることとなっ
てしまいました。この時代は、現代に比べると男女の関係が自由だったとは言え、やっ
ぱりこれは気まずかったようです。実はヤガミヒメとの間には子供がいたのです。
『古事記』の記述からは、この子供がいつ生まれたのか、出雲を離れている間に既に
生まれていたのか、出雲に戻ってからのことなのか、それはわかりません。が、正妻
は何と言ってもあのスサノオノミコトという大変な神様の娘です。ヤガミヒメは身を
引き、子供を連れて実家に帰ってしまいます。

ところが、です。こんな気まずいことがありながら懲りないのです。越の国、と言い
ますから今の福井県のあたりにヌナカワヒメという姫がいることを知り、婚(よば)
うのですね。その時の婚いの歌がありますから、ちょっとここで紹介しておきましょ
う。

八千矛(やちほこ)の 神の命(みこと)は
八島國(やしまくに) 妻枕(つまま)きかねて
遠遠(とほとほ)し 高志(こし)の國に
賢(さか)し女(め)を ありと聞(き)かして
麗(くは)し女(め)を ありと聞こして
さ婚(よば)ひに あり立たし
婚(よば)ひに あり通(かよ)はせ
大刀(たち)が緒(を)も いまだ解(と)かずて
襲(おすひ)をも いまだ解かねば
孃子(をとめ)の 寢(な)すや板戸(いたと)を
押(お)そぶらひ 我(わ)が立たせれば
引(ひ)こづらひ 我が立たせれば
青山(あをやま)に ぬえは鳴きぬ
さ野(の)つ鳥(とり) 雉(きぎし)はとよむ
庭(には)つ鳥(とり) 鷄(かけ)は鳴く
心痛(うれた)くも 鳴くなる鳥か
この鳥も 打(う)ち止(や)めこせね
いしたふや 天馳使(あまはせづかひ)
事(こと)の 語言(かたりごと)も
是(こ)をば

<多くの矛を持った力強い神であるこの私は
 八つの島から成るこの日本中探しても妻を娶ることができなくて
 遠い遠いこの越の国に
 聡明な女の人がいると聞いて
 麗しい女の人がいると聞いて
 何度も彼女を婚いに出掛け
 何度も彼女の許に通い
 太刀を佩(は)く帯を緩めるよりも先に
 外出用の襲(おすい)を脱ぐよりも先に
 乙女の寝ている家の板戸を  何度も押しては揺さぶって私が立ち続けていると
 何度も引いては揺さぶって私が立ち続けていると
 青い山にはトラツグミが鳴き
 野には野の鳥である雉が叫び
 家の庭には鶏が鳴く
 嘆かわしくも鳴いては朝を告げる鳥たちよ
 どうかこの鳥たち 鳴くのをやめてほしいものだ
 空を駆ける使いの鳥たちよ
 このことを語り伝えておくれ>

これがかの大国主のラブソングなのです。教科書で教えられた仁徳溢れる神様、とい
うイメージとは違って、ずっと親しみが湧いてきますね。それにしても、まぁ、スセ
リヒメという正妻がありながら、「八島國妻枕(つまま)きかねて」とはよくも言っ
たものです。この歌に対してヌナカワヒメは2首の返歌をして、その夜は会わずに、
翌日の夜にオオナムチの願いに応えるのです。

ところでこういう情報というのは早く伝わるものなのですね。ヌナカワヒメの件は正
妻スセリヒメの知るところとなり、『古事記』によれば、「甚(いた)く嫉妬(うは
なりねたみ)したまひき。」一夫多妻制の当時、先に娶った妻をコナミ、後に娶った
妻をウワナリと言います。前妻が後妻を妬むことから、嫉妬のことをウワナリネタミ
と言ったのですね。この言葉が『古事記』に出てくるのはここが初めてなので、これ
また日本初の嫉妬と言ってよいでしょうか。スセリヒメは大和へ帰る、と言い出しま
す。ヤガミヒメを帰してしまったオオナムチも、この時ばかりは詫びを入れて、行か
ないでくれ、とその気持ちを歌に歌います。その必死の懇願に、スセリヒメも折れ、
次のように歌うのです。

八千矛の 神の命(みこと)や
吾(あ)が大國主(おおくにぬし)
汝(な)こそは 男(を)に坐(いま)せば
打ち廻(み)る 島の埼埼(さきざき)
かき廻(み)る 磯の埼(さき)落ちず
若草の 妻持たらせめ
吾(あ)はもよ 女(め)にしあれば
汝(な)を除(き)て 男(を)は無し
汝(な)を除(き)て 夫(つま)は無し
綾垣(あやかき)の ふはやが下(した)に
苧衾(むしぶすま) 柔(にこ)やが下(した)に
栲衾(たくぶすま) さやぐが下(した)に
沫雪(あわゆき)の 若やる胸を
栲綱(たくづの)の 白き腕(ただむき)
そだたき たたきまながり
眞玉手(またまで) 玉手さし枕(ま)き
百長(ももなが)に 寢(い)をし寢(な)せ
豐御酒(とよみき) 奉(たてまつ)らせ

<多くの矛を持った力強い神よ
 私の大国主の神様よ
 あなたは男ですから
 廻る島の崎々どこにでも
 廻る磯の崎漏らすことなく
 若草のような妻を持つこともできるでしょう
 私はね 女ですから
 あなたの他に男はいないのです
 あなたを措いて夫はいないのです
 綾織物の壁代がふわりとしている下で
 カラムシで作った布団のやわらかな下で
 カジの木の繊維で作った布団のザワザワとした下で
 泡雪のように若く柔らかい胸を
 楮(こうぞ)で作った綱のように白い腕を
 そっと叩き そしてその手を差し交わし
 ああ その玉のような美しい手で私を抱いて
 いつまでもいつまでも共寝して下さい
 さあ お酒を召し上がって下さい>

日本で初めて嫉妬した女、スセリヒメ。しかし、ここに歌われた心情はこの神代の昔
から今に至るまで、女性共通の心情なのではないでしょうか。この後二人は酒杯を交
わして永遠の愛を誓い、互いに首に手を掛け合って仲睦まじく過ごしたのだそうです。

大国主と呼ばれたオオナムチ。こうしてみると、聖人君主というよりは寧ろプレイボー
イですね。今まで抱いていたイメージよりずっとずっと人間的だと思いませんか。で
もこうして多くの女性に愛された人だったからこそ、そう、愛の人であったからこそ、
人心を掌握し、多くの豪族がひしめいていた出雲を統一することができたのではない
でしょうか。そして出雲どころか那智にまで祀られる程の人気ナンバーワンの神様に
なったのではないでしょうか。

しかし――。その出雲は、もう一つの統一国家である大和と対峙しなければならなく
なります。次回は「出雲騒動」と題してお送りします。お楽しみに。


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「恋歌」番外編は隔週木曜日に発行します。
次回をどうぞお楽しみに。。。。


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2003.10.9 「恋歌」番外編第5回発行号


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