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       * * * 番外編「男と女の古事記伝」第4回 * * *
              2003.9.25

 ようやく秋らしい季節となりましたが、皆様いかがお過ごしでいらっしゃいますか?

  「恋歌」では恋の表現を通して、私たちが忘れてしまった日本古来の男女のあり方
や日本人の魂を取り戻し、一人一人は勿論、日本全体も元気になればとの願いからこ
のメールマガジンを配信しています。

 さて、隔週でお届けしておりますタンゴ黒猫の『男と女の古事記伝』、今日はその
第4回、天の石屋戸に隠れてしまったアマテラスを見事誘い出す歌舞を行ったアメノ
ウズメという女の神様にスポットを当ててお送りします。

  アメノウズメは『古事記』にはわずかに登場するだけの神様なのですが、日本の文
化に大きな影響を与えている存在だとタンゴ黒猫は語ります。

 どうぞご賞味下さい。。。


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   第4回 豪快! アメノウズメ


さて、前回はアマテラスオオミカミの話をしましたので、テーマが男と女なら、本来
ここで、アマテラスとスサノオの話をしなければならないところです。二人の間で行
われる「天(あめ)の安(やす)の河の誓(うけ)い」の話や、その後のスサノオの
所業には、男と女に関わる様々な暗示があるように思うのですが、まだ勉強不足とい
うこともあり、ここでは触れずに、先にアメノウズメの話をすることにします。

アメノウズメはご存じの方も多いと思いますが、アマテラスが天の石屋戸に隠った時
に、歌と踊りで神々を賑わせた女の神様ですね。その様子を『古事記』は次のように
描いています。

「天宇受賣(あめのうずめの)命、天の香山の天の日影(ひかげ)を手次(たすき)
に繋(か)けて、天の眞拆(まさき)を鬘(かづら)として、天の香山の小竹葉(さ
さば)を手草(たぐさ)に結(ゆ)ひて、天の石屋戸(いはやと)に槽(うけ)伏せ
て蹈(ふ)み轟(とどろ)こし、神懸(かむがか)りして、胸乳(むなち)をかき出
(い)で裳緒(もひも)を陰(ほと)に押し垂れき。ここに高天の原動(とよ)みて、
八百萬の神共に咲(わら)ひき。」

「天の日影」というのは、ヒカゲノカズラというシダの一種ですね、これを襷(たす
き)にして懸けて、「天の眞拆」というのはマサキの葛を髪飾りにして頭から垂らし、
笹の葉を手に巻いて、天の石屋戸の前に大きな桶でしょうか樽でしょうか、そういう
ものを伏せて置いて、その上で足踏みして、というのはつまり踊りながら足で桶を蹴っ
て、ドンドンと太鼓のように大きな音を響かせてリズムをとったのでしょう。その様
子は神が取り憑いたようであり、大胆にも胸元から乳房を露わにし、下に穿いている
裳も乱れて脚ばかりか陰部もチラチラ見える、その陰部の前に紐が垂れている、とい
う状況ですね。

紐については「万葉の恋歌を訪ねて」でも書きましたが、今で言う袴のような裳の、
帯のようなものなのですが、男も女もこれを前に長く垂らしておいたのですね。それ
で、男女の契りを交わした仲である場合には、この紐は相手に結んでもらい、相手に
解いてもらうのです。紐を解けば裳ははらりとゆるんでしまいますから、紐を解いて
ほしい、というのは相手に体を許してもいいという意味であり、独りでに紐が解ける
というのは愛する人が自分を求めている、という意味になるわけです。そういう紐で
すから、これは単なる帯としての役割だけでなく、セックスアピールとしての役割も
果たしているわけです。ですから、よりいい男、いい女の気を引くために、やっぱり
扇情的な色である朱が好まれ、また、高麗錦と言って、もとは朝鮮半島の高句麗から
入ってきたのでしょう、まぁ、言ってみれば当時の海外高級ブランドものの紐が流行っ
たりしたのです。

そういう背景を考えますと、このアメノウズメの踊りというのはかなりセクシーなも
のであり、その場にいた男たち(一応、神様ということになってるんでしょうが)を
盛り上げ、騒がすにはかなり効果的であったことでしょう。あまりの楽しそうな騒ぎ
に、アマテラスは不審に思ってこう言います。

「吾(わ)が隠(こも)りますによりて、天の原自(おのづか)ら闇(くら)く、ま
た葦原中國(あしはらのなかつくに)も皆闇けむと以爲(おも)ふを、何由(なにの
ゆゑ)にか、天宇受賣(あめのうずめ)は樂(あそび)をし、また八百萬(やほよろ
づ)の神も諸(もろもろ)咲(わら)へる。」

自分が隠っているからには高天の原は暗く、地上の国である日本も暗いと思うが、ど
うしてアメノウズメは歌舞(うたまい)をしているのか。どうして八百万の神々もみ
んな笑っているのか、というのですね。これに大胆に答えるのがやはりアメノウズメ
なのですね。

「汝命(いましみこと)に益(ま)して貴き神坐(いま)す。故(かれ)、歡喜(よ
ろこ)び咲(わら)ひ樂(あそ)ぶぞ。」

あんたよりもずっと貴い神がいらっしゃるのですよ、それで皆喜び、笑い、歌舞をし
ているのです、というのです。この言葉でアマテラスが出てきたとすれば、それは怒
りと嫉妬もあったでしょうか。だとすれば、アマテラスを引っ張り出すための作戦と
は言え、非常に危険な賭であり、やはりアメノウズメ、大胆、豪胆と言わざるを得ま
せん。

そう、男たちの前に肌を曝して踊るのも大胆なら、アマテラスに向かってこんなこと
言うのも大胆。それができたのは、アマテラスなくしてこの世は治まらない、この世
のために何としてもアマテラスに石屋戸から出てきてほしいと必死だったからでしょ
う。その命懸けの気持ちが通じてか、この一件以来、アメノウズメはアマテラスの信
頼を得、側に仕え、事あるごとにアマテラスの相談相手とも慰め役ともなったようで
す。

そうしたアマテラスの腹心であるアメノウズメが再度『古事記』に登場するのは天孫
降臨の時です。アマテラスの命(めい)によって葦原中国、つまり日本を直接統治す
るためにニニギノミコトが天降りするのに、アメノウズメは同行しているのです。そ
の天降りの途中にある分かれ道、天(あめ)の八衢(やちまた)というところで「上
(かみ)は高天の原を光(てら)し、下(しも)は葦原中國(あしはらのなかつくに)
を光す神、ここにあり。」ニニギノミコト一行の行方に立つこの強力なエネルギーを
放っている神は一体何者なのか? 敵か、味方か? アマテラスはアメノウズメに命
じます。「汝(いまし)は手弱女人(たわやめ)にはあれども、い對(むか)ふ神と
面勝(おもか)つ神なり。故、専(もは)ら汝往きて問はむは、『吾が御子の天降
(あも)り爲(す)る道を、誰ぞかくて居る。』ととへ。」お前はか弱い女ではある
が、相対する神と面と向かって気後れしない神だ、お前が行って、「我らが御子が天
降りする道にそうして立っているのは一体誰か」と聞いて来なさい、ということです
ね。敵か味方かもわからない、こういう危険な任務に行かせるわけですから、アマテ
ラスのアメノウズメに対する信頼の程が伺えます。

さて、アメノウズメがそのように問うとその神は「僕(あ)は國つ神、名は猿田毘古
(さるだびこの)神ぞ。出で居る所以(ゆゑ)は、天つ神の御子天降りますと聞きつ
る故(ゆゑ)に、御前(みさき)に仕(つか)へ奉(まつ)らむとして、参向(まゐ
むか)へ侍(さもら)ふぞ」、自分は土地の神でサルダビコノカミという者であり、
御子が天降りすると聞いて、ご先導の役を務めようとお迎えに参ったのです、と言う
のです。こうしてサルダビコの先導で、一行は無事日向の、つまり今の宮崎県にある
高千穂のくじふる嶺(たけ)に天降りすることができたのです。

ところでここで面白い展開となります。天孫が無事天降りされると、アマテラスはア
メノウズメに次のように命じます。「先導に立ってくれたサルダビコノオオカミは、
お前がその正体を明かしてしまったのだからお前が送ってあげなさい。そしてその神
の名をお前ももらってお仕えしなさい。」どういうことか? 『古事記』の記述はこ
れだけですが、『日本書紀』にもっと詳しく書いてあります。それによると、サルダ
ビコに誰何する時に、アメノウズメは巧みにもサルダビコは何者か、居所、住所を聞
き出すことに成功します。

この時代、初対面の相手に自分の住んでいる所など明かすものではないのですね。
「万葉の恋歌を訪ねて」の雄略天皇のところでも書きましたが、特に女が男に住所を
教えることは、交わってもいいよ、という意味になりますから、当時は住所を聞くの
がナンパの王道でしたし、男がどれだけ本気かわかるまで教えない、というのが女の
側の対応でした。男同士であっても、初対面の相手に住所を教えるということは危険
なことであったでしょう。サルダビコはそれを簡単に答えてしまった軽率さを恥じて
いるようですが、穿った読み方をすれば、サルダビコに住所を聞いた相手が女であっ
たことから、サルダビコがアメノウズメにナンパされてしまった形になった、とも言
えます。それでお前が聞き出したんだから、その相手であるサルダビコと一緒に伊勢
に行き、夫婦になりなさい、とアマテラスから命じられたのかもしれませんね。

尚、この夫婦。どちらんも美男、美女ではなかったようです。サルダビコはかなり奇
異な風貌であったようですし、アメノウズメは、どうもお多福の原型のようなのです。

さて、サルダビコと一緒になったこの故に、アメノウズメは猿女(さるめ)と呼ばれ、
その子孫は猿女の君と呼ばれるようになるのです。この猿女とは、後に朝廷の祭祀、
中でも特に鎮魂の儀で歌舞を担当する集団なのですが――そうです、つまりアメノウ
ズメの踊った踊りが神楽の起源となっているのです。先程引用したところでは「楽」
という時に「あそび」という訓が振ってありましたが、「あそび」とはもと収穫や狩
猟を神に感謝して、或いは天変地異が起こった時に神を鎮めるために、歌や舞や音楽
を捧げることを言っていたのです。それから、アメノウズメのこの踊りはまた能の起
源ともなっています。現在はただ「能」と言っていますが、これはもともと「猿楽
(さるがく)の能」と言っていたのが略されたものなのです。そう、猿女が演じたか
ら猿楽なんですね。

ところで、神事で歌舞を担当したこの巫女の集団は、後に民間に流出することとなり
ます。それが所謂遊女のはじまりとなります。「遊女」と書いて、これまた「あそび」
と読むのですが、その理由は上に書いた事情でおわかりでしょう。遊女と言っても、
単に男を相手にして春を鬻(ひさ)ぐのではない、楽器も弾くし踊りもするという芸
能人だったわけです。

その中から平安時代の終りに現われてくるのが白拍子です。白拍子と言えば、平清盛
の寵愛を受けた祇王や仏御前、源義経との間に子までなした静御前などが有名でしょ
うし、また後白河法皇が常に周りに侍らせて今様三昧を尽くした話を思い出されるか
たもいらっしゃるでしょう。この白拍子が特に流行したのには、ただ踊るだけの遊女
とは違って楽器も踊りに加え、歌も歌うという、今で言うならシンガーソングダンサー
的なマルチタレントな存在であっただけでなく、その衣裳も魅力的だったのだと思い
ます。つまり、水干に烏帽子、それに太刀などを差していたりしますから、そうです、
男装の女性であったわけなんですね。それで、いろいろ資料とか見てますと、大抵は
水干が白、袴が紅ですから、カラーとしては巫女さんの色なわけで……しかも下半身
が紅とくれば、やはり男たちはそそられたのではないでしょうか?

更に時代が下って、慶長8年と言いますから丁度今から400年前の1603年に、出雲の
巫女出身という阿国がやはり男装と派手な踊りで登場します。その踊りの激しさはか
なり人を興奮させたようで、それがもとで「極端に走る」という意味の「傾(かぶ)
き踊り」と称されるようになります。阿国はある時期を境に忽然と姿を消してしまう
のですが、この派手な踊りを利用しない手はないと、京の都では遊女たちを集めてこ
の踊りをマスターさせただけでなく、当時最新の輸入楽器、三味線をも習わせ、弾い
て歌って踊れる遊女たちが輩出することになります。これが所謂芸者の原型となり、
また歌舞伎の原型ともなっていきます。「かぶき踊り」は扇情的であるとの理由から
禁止され、やがて今度は女でなく若い男が女装する若衆かぶきが登場、それがいずれ
は男も女も男の役者が演じる歌舞伎へと発展していくのです。

長くなりましたが、日本の芸者、遊女と呼ばれた女たちというのは、その起源をアメ
ノウズメにまで遡る芸能のプロ集団であったわけで、かつて欧米の人たちが捉えてい
たような "call girl" では決してないのです。もと神に仕えていた遊女たち――そ
う言えば、熊野には烏の文字で書くお守りがありますが、江戸の芸者たちは惚れ込ん
だ男と交わした誓文をこの烏文字で書いたそうです。知ってか知らずか、自分たちの
ルーツを感じてのことなのでしょうか?

こうして、アメノウズメは、『古事記』の中ではわずか2つの場面に登場するだけな
のですが、神楽、能、白拍子、遊女、歌舞伎、そしてお多福の起源となり、日本の文
化にとって非常に重要な役割を果たしている存在なのです。


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「恋歌」番外編は隔週木曜日に発行します。
次回をどうぞお楽しみに。。。。


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2003.9.25 「恋歌」番外編第4回発行号


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