.。.:*:・' :.。.:*:・'゜メールマガジン「恋歌」:.。.:*:・' :.。.:*:・'゜

       * * * 番外編「男と女の古事記伝」第2回 * * *
              2003.8.28

 皆様いかがお過ごしですか?

  「恋歌」では恋の表現を通して、私たちが忘れてしまった日本古来の男女のあり方
や日本人の魂を取り戻し、一人一人は勿論、日本全体も元気になればとの願いからこ
のメールマガジンを配信しています。

 さて、隔週でお届けしておりますタンゴ黒猫の『男と女の古事記伝』、今日はその
第2回です。

 前回は、『古事記』冒頭で描かれるのは世界で一番幸せな世界のはじまり、という
お話でしたが、そうして幸せにはじまったイザナギとイザナミの間に早くも破局が訪
れる、というのが今回のお話。男と女の幸せな関係は続かないものなのでしょうか?
どうぞご賞味下さい。


*' *' *' *' *' *' *' *' *' *' *' *' *' *' *' *' *' *'


   第2回 早すぎる破局


前回見ましたように、『古事記』冒頭で表現されている男と女のあり方というのはほ
んとに幸せに満ちているのですね。どちらが主とか従とか、そういうことがないので
す。

こうしたことを表す言葉として「つま」があると思います。「つま」は今では「妻」
として女性の方しか言いませんが、かつては男も女も、連合いのことを「つま」と言っ
たのです。これは例えば『万葉集』に山上憶良の領巾麾(ひれふり)の嶺を詠める歌
として次のものがありますね。

遠つ人 松浦佐用姫(まつらさよひめ)
夫恋(つまごひ)に 領布(ひれ)振りしより
負(お)へる山の名
              (巻第五・871)

あと、近いところでは長唄の「越後獅子」に次の有名な件(くだり)がありますね。

縁を結べば兄やさん、兄ぢゃないもの、夫(つま)ぢゃもの……

この「つま」ですが、「褄」、「端」とも書き、建築用語や着物の用語として使われ
ているものともとは同じで、ひとつのものの両端を表す言葉なんです。ですから人に
ついて言う場合は「もともと一体である私の半身よ」という意味で「わがつま」と呼
ぶわけですね。主も従もなく二人でひとつ。そう言えば、前回述べた「みとのまぐは
ひ」も、体のつくりが違うからこそ一体となれるという認識を示しているように思え
ます。実際男と女とは体のつくりも精神構造も違いますから、そういう違いを無視し
た「平等」なんて言葉を使うと却って男と女のあり方というものがわからなくなって
しまうように思います。異質な存在であるからこそ、出会い、一つになることによっ
て全く違う新しい何かを生み出していける、それが男と女なのではないでしょうか。
このことを『古事記』や『万葉集』の時代の日本人はわかっていたのではないか、僕
にはそう思えます。

さて、こうして幸せな男女の愛にはじまった『古事記』ですが、国生みの過程で早く
も悲劇が訪れます。ヒノカガビコノカミまたの名をヒノカグツチノカミという火の神
を生んだところでイザナミノミコトは大火傷をして亡くなってしまうのです。これは、
子供が生まれるという喜びに満ちた出来事が、同時に母親の生命を奪う危険性、恐れ
を伴ったものであることを示しているように思います。医療の発達した現代ですらそ
うですから、この時代は尚のこと大変だったことでしょう。

悲しみのあまり、イザナギノミコトはイザナミノミコトを訪ねて黄泉(よみ)の国を
訪れます。そしてこの国の戸を挟んでイザナミノミコトに声をかけるのです。「愛し
いあなたと私とで生んだこの国はまだ作り終えていない。どうか帰ってきてほしい。」
と。これに対してイザナミノミコトは、「ああ、何て残念、何て悔しいんだろう。ど
うしてもっと早く来てくれなかったのですか。私はもう黄泉の国の食べ物を食べてし
まいましたからもとの世界に戻ることはできないのです。それでも愛するあなたがこ
うして迎えに来て下さったことはほんとにありがたいこと。あなたと一緒に帰りたい
から、黄泉の国の神様に相談してみます。どのくらい時間がかかるかわかりませんが、
決して私の姿を見ないで下さい。」そう言って奥に入ってしまうのですね。

しかし――。男は待てないのですね。「甚(いと)久しくて待ち難(かね)たまひき」
とありますから、かなり長い時間待ったのだと思います。でもとうとうしびれを切ら
してしまったんだと思います。(いえ、僕も男で、待たされることはよくあるもので
すから、思わず同情してしまうのですが。)とうとうイザナギノミコトは火を灯して
中に入って――そして見てしまうのですね、イザナミノミコトの姿を。『古事記』の
ここの描写がすごいです。

「蛆(うじ)たかれころろきて、頭(かしら)には大雷(おほいかづち)居(を)り、
胸には火雷(ほのいかづち)居り、腹には黒(くろ)雷居り、陰(ほと)には拆(さ
き)雷居り、左の手には若(わか)雷居り、右の手には土(つち)雷居り、左の足に
は鳴(なり)雷居り、右の足には伏(ふし)雷居り、併(あは)せて八(や)はしら
の雷神(いかづちがみ)成(な)り居りき。」

特に、冒頭の「蛆たかれころろきて」がすごい。そのニュアンスよく出てると思うの
ですね。『古事記』の編集者はこのニュアンスは漢訳できないと思ったのでしょう。
ここは突然万葉仮名になって、原文では「宇士多加禮許呂呂岐弖」となってます。

この有様にイザナギノミコトは逃げ出します。一方、イザナミノミコトは、「私に恥
をかかせましたね!」と怒り狂います。愛が憎しみとなってしまうのですね。そして
この憎しみはハンパではないです。黄泉醜女(よもつしこめ)たちにイザナギの後を
追わせるのですね。しかし黄泉醜女たちでは埒があかない。最後にはイザナミ自らイ
ザナギを追いかけます。

イザナギノミコトは間一髪というところで黄泉の国を脱出、千人掛りでないと動かな
いような大きな岩で黄泉の国への道を塞いで逃れます。悔しさのあまりイザナミノミ
コトは、「愛するあなたがこんなことをしようとは。そんなことならあなたの国に生
まれる人、一日千人の命を奪いましょう。」と言うのです。これに答えてイザナギは、
「愛するあなたがそんなことをしようものなら、私は一日に千五百の産屋を立てて子
を生みましょう。」と言うのです。

幸せな愛にはじまったこの二人が、こうして全く反対の世界で生きることになってし
まう、この壮絶な結末を僕は子供の時に読んだ頃から悲しく思っていました。男と女
はいつまでも同じひとつの世界に生きていくことはできないものなのでしょうか。か
くも幸せだったこの二人にして、かくも早く破局が訪れるものなのでしょうか。

この早すぎる破局はこの二人の性格にあったかもしれない、とも思います。二人とも
じっとしてられない性格ですね。男はじっと待ってることできないし、女も辱められ
て泣き寝入りするような性格じゃない。男の命を奪わんとばかりにしつこく追いかけ
て来る。これは、この二人に限らず、このあと紹介する登場人物全てに共通するので
すが(そう、例えば『万葉集』の時にお話しました浮気をせずにいられない仁徳天皇
とその相手を脅してまわる磐姫皇后の物語を思い出して下さればと思います)、自分
の内からあふれる感情をそのまますぐに行動に移していった古代の人々の熱い生き方
を反映しているように思うのです。問題起きない方が不思議ですし、いや、そうして
問題をはっきりさせながら先へ向かっていったとも言えるでしょう。これに比べて私
たち現代人は……問題起きないように起きないように、もしかしてもうズレてしまっ
てるかもしれない二人の関係をただ持続させるように生きてるかもしれない、そんな
ことも考えてしまいます。

幸せなはじまりと突然の破局――『古事記』冒頭のイザナギとイザナミのエピソード
は、異質な存在である男と女がひとつとなって生きていくことの素晴らしさと課題と
を本質的に描いているように思えます。この短い数ページを何度も読み直すことが、
これからの時代を生きる新しい男と女のあり方を模索する上で必要なのではないでしょ
うか。

次回は黄泉の国を脱出したイザナギノミコトが禊(みそぎ)をして生まれたアマテラ
スオオミカミの話です。お楽しみに。


*' *' *' *' *' *' *' *' *' *' *' *' *' *' *' *' *' *'


「恋歌」番外編は隔週木曜日、本編と交互に発行します。
次回をどうぞお楽しみに。。。。


*' *' *' 単行本「恋歌」情報 *' *' *'

「恋歌」が本になりました。
書店にてご購入またはご注文下されば幸いです。

●タイトル:恋歌(れんか)
●著者:恋歌編集部
●発行:新風舎
●本体価格:1,800円
●ISBN:4-7974-2794-9

取り扱い書店一覧
http://www.koiuta.jp/shop.htm

この他全国書店にてご注文承ります。

また、BK1並びに楽天books、新風舎のサイトより検索可、
オンラインでご注文できます。

http://www.bk1.co.jp/

http://books.rakuten.co.jp/RBOOKS/index.html

http://www.shinpusha.co.jp/index_04.html


*' *' *' *' *' *' *' *' *' *' *' *'


恋歌・返歌・ご感想などのあて先は・・・
info@koiuta.jp

恋歌のホームページは・・・<バックナンバー掲載有>
http://www.koiuta.jp
(マガジンの登録・解除はこちらから)


2003.8.28 「恋歌」番外編第2回発行号


******************************************
当サイトに掲載されている作品の著作権は
全て「恋歌」編集部に属します。無断転載、複製を禁じます