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       * * * 番外編「男と女の古事記伝」第1回 * * *
              2003.8.14

      暑い日が続いています。皆様いかがお過ごしですか?

  「恋歌」では恋の表現を通して、私たちが忘れてしまった日本古来の男女のあり方
や日本人の魂を取り戻し、一人一人は勿論、日本全体も元気になればとの願いからこ
のメールマガジンを配信しています。

 以前、その番外編として万葉の恋を訪ねる連載をお送りしました。『万葉集』がよ
り身近なものとして親しんで頂けたのではないでしょうか? 今回、更に時代を遡っ
て神代(かみよ)からの恋を繙くという企画……『男と女の古事記伝』を前回と同じ
くタンゴ黒猫の文章で隔週の木曜日にお送りします。

 この連載が、皆様が日本人の恋を考えるきっかけとなりましたら幸いです。

 今日はその第1回。『古事記』に描かれているのは世界一幸せなはじまりの物語だ
というのです。どうぞご賞味下さい。


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   第1回 幸せな世界のはじまり


はっきり言ってしまおう。『古事記』は世界一幸せな世界のはじまりの物語だと。何
故ならそれは、はじめに男と女がいて、そこには愛の光があった――男女の愛からこ
の世界が始まったとする物語だと読めるからです。

僕は子供の頃から、この世の始まりはどんなだっただろう、と想像するのが好きなの
ですね。どうやって人間は生まれたのか、そもそもこの宇宙はどうやって始まったの
か。始まったということは、始まる前はどうなっていたのか。誰しも抱く疑問ですよ
ね。だから世界中の民族に、いろんな言い伝えがありますよね。そういうのをいろい
ろ探してきては読むの好きだったんですね。

「天地創造」――と言うと、僕たち日本人にもなじみがあるのが、『聖書』の「創世
記」に書かれた世界ですね。

初めに、神は天地を創造された。地は混沌であって、闇が深淵の面にあり、神の霊が
水の面を動いていた。神は言われた。
「光あれ。」
こうして、光があった。神は光を見て、よしとされた。神は光と闇を分け、光を昼と
呼び、闇を夜と呼ばれた。夕べがあり、朝があった。第一の日である。
  ――「創世記」『聖書 新共同訳 旧約聖書続編つき』(日本聖書協会)

有名な、荘厳な出だしですね。荘厳なんですけど、人間の誕生に至っては、ご存じの
ように土から男をつくり、その男の肋骨の一部から女をつくったことになってまして、
まぁ、いかにも女性は男性の一部であり、従うべきものだ、という価値観を象徴して
いるように思います。

それから、私が好きだったのがギリシャ神話です。

まず原初にカオスが生じた さてつぎに
胸幅広い大地(ガイア) 雪を戴くオリュンポスの頂きに
宮居する八百万(やおよろず)の神々の
 常久(とこしえ)に揺ぎない御座(みくら)なる大地 と
路広(みちびろ)の大地の奥底にある曖々(あいあい)たるタルタロス
さらに不死の神々のうちでも並びなく美しいエロスが生じたもうた。
  ――ヘシオドス『神統記』(廣川洋一訳・岩波文庫)

まず混沌であるカオスが生じ、そのカオスの中から大地であるガイア、冥界であるタ
ルタロス、そして愛であるエロスが生まれるわけですね。原初、天(ギリシャ神話で
はウラノス)よりも先に愛が生まれるとは何と素晴らしい世界観なんだろう、とか思
うのです。愛なくしてこの世は始まらない……。

だけど、残念なことに、人間の話になると、やっぱり男と女が同時に生まれるのでは
ないのです。これも皆さんご存じかと思いますけど、プロメテウスが火を人間(つま
り男)に与えたことがゼウスの怒りを買い、プロメテウスは罰せられ、人間には禍
(わざわい)としてパンドラ、つまり女が送られるわけです。

……彼女を 
 ほかの神々も人間どももいっしょにいるところへと連れていかれた
力強い父をもつ 輝く眼の女神(アテナ)の衣裳で嬉々としている 
 その彼女を。
すると 驚嘆の思いが 不死の神々と人間どもを襲った
人間ともにとって 手におえぬ 徹底した陥穽を見たときに。
というのも 彼女から 人を破滅させる女たちの種族が生まれたのだから
彼女たちは 死すべき身の人間どもに 大きな禍の因(もと)をなし
 男たちといっしょに暮らすにも
忌わしい貧乏には連合(つれあ)いとならず 裕福とだけ連れ合うのだ。
  ――ヘシオドス『神統記』(同上)

ひどいですね。女は男を破滅させるためにこの世にもたらされた存在であると。その
意味では、最初に生まれた愛というのもどういう愛なのか、疑わしくなってきますね。
だから、そのギリシャが生んだ偉大な哲学者、プラトンが書いたものとか読んでても、
女を愛するのはどんな人だってできる、と少年愛に価値を見出したりするわけですね。
変なの。

あと、この世の始まりということで学生の頃気に入っていたのが、インドの『リグ・
ヴェーダ』にある次の歌です。

そのとき(太初において)無もなかりき、有(う)もなかりき。空界もなかりき、そ
の上の天もなかりき。何ものか発動せし、いずこに、誰の庇護の下(もと)に。深く
して測るべからざる水は存在せりや。
そのとき、死もなかりき、不死もなかりき。夜と昼との標識もなかりき。かの唯一物
は、自力により風なく呼吸せり。これよりほかに何ものも存在せざりき。
  ――「宇宙開闢の歌」『リグ・ヴェーダ讃歌』(辻直四郎訳・岩波文庫)

「無もなかりき」! これに、おお、いかにもインドだ! と感激してしまったので
す。何とも深遠な歌ですね。この中に出てくる唯一物というのが、この後造物主となっ
てどんどん世界をつくっていくわけです。

さて――。こういう、いかにも哲学的な他の民族の天地創造に比べると、ですね、
『古事記』に描かれた世界というのは、もっとあっけらかんとしてると思うんですね。
最初に、恐らく宇宙そのもの、最高神と思われる、天之御中主神(アメノミナカヌシ
ノカミ)というのが現れまして、そのあとズラズラっと神様が現れるんですけど、ど
の神様がどの神様を生んだ、という感じではないように思うんですね。みんな「成れ
る」と書いてあって、ひとりでにこの世に現れたような感じを僕なんかは受けるので
す。で、このズラズラっと並んだ神様は、何をするということもなく、ただ名前がズ
ラズラっと並んでるだけなのです。全くイメージ湧かないのですね。

そこで、イザナギノミコトとイザナミノミコトが登場する。で、その登場で、急に話
が動き出すのです。先に生じました5柱の天(あま)つ神一同が、「この漂っている
国を固めてちゃんとしたものにしなさい」と二人に命令されるのですね。それで二人
は地上に降りて来て、国づくりを始める、というのはご存じの通りです。

つまり、先に挙げたような神話に見られるように、人間の創造、男と女の由来につい
て、何の論理的(?)な小細工もなく、いきなり、男と女が同時に現れて、それが世
界のはじまりだ、というのがわが『古事記』なわけです。何という真実! 何という
平等! だって男と女が最初に揃っていなければ子供生まれるはずないんだもんね。
だからギリシャ神話では、神様は一人で生んだり、生んだものと交わったり、いろい
ろ大変なのです。インド人もそのあたりはわからなくなったのか、『リグ・ヴェーダ』
の「ブラフマナス・パティ(祈祷主)の歌」では、「アディティ(「無垢」=女性原
理)よりダクシャ(「意力」=男性原理)生じたり。ダクシャよりアディティ生じた
り。」と、まぁ、鶏が先か卵が先か、みたいなことになってるわけなんです。そんな
ことどうでもいい、とにかく、最初に男と女がいたのだ、そして二人からこの世界が
始まったのだ、という世界観、真実だなぁ、と思いません?

さて、その地上に降りてきた二人の最初のセリフがまたスゴイ。イザナギノミコトが
イザナミノミコトにいきなりこう言うのです。

「汝(な)が身は如何(いかに)か成れる。」

「お前の体はどういう作りになってるのか?」なんて、ズバリ相手の体についての関
心を露わにするわけですね。うーむ。男で女の体に関心ない人いないと思うけど、会っ
たばかりの人にいきなりこれを聞いてしまうのがスゴイ。それで女の方も大したもの
で、この直球を見事に受け止めます。

「吾(あ)が身は成り成りて成り合はざる處(ところ)一處(ひとところ)あり。」
「私の体はもう殆ど出来上がっているのですが、一箇所だけ、足りないところがある
のです。」というのですね。これにイザナギノミコトは「自分の体も殆ど出来上がっ
ているのだが、一箇所だけ余っているところがあるのです。」と言った後、「ならば、
私の体の余っているところであなたの体の足りないところを塞いで、それで国生みを
しようと思うのだけれど、どう?」と聞くのです。イザナミノミコトは「あ、それい
い!」というわけで、二人は「みとのまぐはひ為(せ)む。」ということになるわけ
です。

この、「まぐはひ」というのは「目合ひ」、つまり、目と目を見つめ合って交わすこ
となわけですけど、それが性行為の表現であるところ、日本人って美しいなぁ、と思
うのです。そう言えば、「百人一首」に有名な、

あひ見ての 後の心に くらぶれば
むかしは物を おもはざりけり

というのがありますけど、この「あひ見る」というのも同じですね。片想いにあなた
を思っていた時は、何と苦しいことかと思っていたけど、こうしてあなたと契ってし
まってみると、あの頃のは苦しんでいたうちに入らない、それほどに一層あなたへの
思いに悩むことだ、というのですね。

さて、この後二人が天(あめ)の御柱(みはしら)をそれぞれ逆方向に廻り、出会っ
たところで「ああ、何ていい男なの!」「何ていい女なんだ!」と言い交わして契る
という件(くだり)もご存じでしょう。最初に女の方が声を掛けたのがよくなかった
というので、男から声を掛けてやり直し、そして次々に日本の国を生んでいくのです
ね。

ここで注目したいのがこの天の御柱なんですが、これは具体的な木や石でできた柱で
はなく、恐らくは文字通り、大地と天との間に立った光の柱であったろうと思われま
す。かつて日本では、男女の交わりというのは単に二人のことに留まらず、男と女と、
そして天、或いは神とが一体となることだったようです。そして天と一体となった時、
交わる男女からは光の柱が立ったようです。この状態こそが愛であり、新しい生命を、
そして新しい国を生んでいける創造的エネルギーに満ちた状態だったようですね。

僕は、先の『万葉の恋歌を訪ねて』の中で、男女のことが個人の、二人の間だけのこ
とに封じ込められてしまっている、というようなことを何度か書きましたが、このよ
うに昔の日本人にとって男女の交わりとは、天とつながり、そして国をも生みだして
いくそういうエネルギーの源だったのだということをここで強調しておきたいと思い
ます。今日の日本が、国全体としても一人一人の個人をとってみてもどこか元気なく、
また新しい何かを創造し続けていく力に欠けているのも、実はそうした男女のあり方
に起因しているのではないか、そう思うのです。

男と女が同時にこの世に現れ、そして光に満ちた「みとのまぐはひ」によって国を生
んでいく『古事記』冒頭のこの件は、何と幸せに溢れていることでしょう。そしてこ
の国がこんなに幸せな男女によってはじまったのなら、その子孫である私たちも、きっ
とこうした天に通ずる愛を経験し、新しい時代を創っていく一人一人になれるのでは
ないでしょうか。

そんなことを期待しながら、今回はここまでにします。それでは、また。


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「恋歌」番外編は隔週木曜日、本編と交互に発行します。
次回をどうぞお楽しみに。。。。


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2003.8.14 「恋歌」番外編第1回発行号


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