そう、天を忘れたところに生まれた愛などいつかは終ってしまうものなのだ。花筺の物語は天の命を全うすることが、長い長い別離の時を越えて最後には幸せに結ばれるということを語っているのかもしれない。
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山から下りてくると公園の入口の辺りには子供達が楽しそうに遊んでいた。子供たちにとってここはいい遊び場なのだろう。前に小泉八雲の旧居で見かけた子供たちとダブる。長いこと忘れていたような、子供らしい元気に遊ぶ姿を微笑ましく思う。と、その中の一人の女の子にあの人の面影を見たような気がした。一瞬、僕の中で時間と空間が錯綜する。その女の子に声をかけそうになる。きっとあの人もこんな風に遊んでいたのだろうか――。
ふと気づくと、公園の入口近くに小さなまだ若くて頼りない枝が植わっている。思わずその愛らしさに心なごむ。「薄墨桜の分枝」とある。この枝もいつかは大きな桜の木となって美しい花を開くのだろうか。そしてこの桜が大きくなった頃、今ここで遊んでいる子供たちはどんな人生を歩んでいるのだろうか。その頃の日本はもっともっと良い国であってほしい。そういう国を、世界を創っていくのは僕たち大人の仕事だ。この小さな桜の枝に子供たちの豊かで幸せな未来を祈りながら公園を後にする。
粟田部のバス停からバスに乗って武生へと戻る。駅前のスーパーに入っている書店で旅行ガイドを探す。味真野、味真野――。見つけた。そしてそこに「中臣……」の文字を見た僕は、あっ、と、やっとのことで思い出した。そうだ、『万葉集』に記録された狭野茅上娘子(さののちがみのおとめ)と中臣朝臣宅守(なかとみのあそんやかもり)の禁じられた恋の舞台が味真野であった。
ご存じない方のために簡単にその物語を記しておくと、時は天平11年、奈良の都を舞台に釆女(うねめ)の狭野茅上娘子と神祇官の中臣朝臣宅守の間に恋が芽生えた。しかし茅上娘子は釆女、つまり天皇の奥さん候補であり、その釆女に手をつけることは当時罪であった。禁じられた恋。二人は密会を重ねる。が、ついに二人の恋は発覚することとなり、宅守は越前の国へ配流の身となる。その場所がこの味真野であった。引き裂かれた二人は互いへの思いを歌に綴る。『万葉集』には二人が交わした歌が63首も採られているのである。
味真野(あぢまの)に 宿(やど)れる君が
帰り来(こ)む 時の迎へを
何時(いつ)とか待たむ
―狭野茅上娘子
(『万葉集』巻第十五 3770)
あなたはいつ帰って来るのか――。味真野と言えば誰もがこの歌を思い出すだろう。味真野――男の帰りを待つ女の狂おしいばかりの気持ち。それは同じくこの地を舞台にした男大迹皇子と目子郎女の物語へと重なっていく。形見として残された桜の木――。その「花がたみ」で思い出す、この稿の冒頭に掲げた『古今和歌集』のよみ人知らずの――自分のことは忘れられてしまうかもしれないという片想いの歌。更には琴弾山の伝説――。世阿弥が「花筺」の物語を書いたのは、史実をベースにした物語というよりは、ここに伝えられた女の悲しみ、それを全て受け止め、表現することで癒し、解放しようとしたのかもしれない。
行ってみたい。味真野へ。僕はバス停へと急ぐ。もうそこへ行くバスはない。いや、あるにはあるがその時間では散策した後ここに戻って来ることができなくなるだろう。翌朝行くにしても、予定している電車の出発時間までには戻って来れない。今回は諦めるしかないのか――。
翌朝。朝から雨が激しく降っていた。晴れていれば紫式部公園にでも行ってみるかと思っていたがこの雨だ。やめておこう。そう、この武生の地はあの『源氏物語』を書いた紫式部の父藤原為時が越前国司に任ぜられた時に、その父に伴われて当時の越前の国府があったこの武生に住んでいたのである。そのことを記念して平安時代の庭園を再現した公園がここなのである。別に実際に式部が住んでいた家が残されているわけでもないので時間に余裕があったら寄ってみようかという位にしか考えていなかった。が、この雨では無理に行くまでもあるまいと、やめる。
雨の中、武生駅へと向い、福井行の電車を待つ。前に福井を訪れた時も雨だった。味真野か――。いつか訪れてみたい。そう、いつかまたきっとここに来よう。そこを訪れ、茅上娘子と宅守の思いを感じてみたい。世阿弥が何を感じ、思って「花筺」の物語を書いたのかを再体験してみたい。その時、「花筺」の物語は僕の中でどんなものとなるのだろう。その意味で今回のこの稿は僕の「花筺伝」の第一部ということにしておきたい。そして、いつか、また、きっと――。
福井行の電車がホームに入って来た。僕は車中の人となり、武生駅のホームが過ぎ去っていく。たった一日いただけなのに、昨日は新鮮さを覚えた駅なのに、今やそれは懐かしくいとおしい。また帰って来るよ――駅に向ってつぶやく。そう、いつか、また、きっと――。
―了―
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<福井県集中豪雨に対する義捐金のご案内>
こんにちは。出雲頼通です。
何の因果でしょうか。この「花筺伝」の連載中に、
このエッセイの舞台となった福井県今立町が集中豪雨に見舞われました。
今立町役場のホームページによると
931世帯、3,530人が罹災し、死亡者1名を出したとのこと
ここの美しい自然に触れ、癒された僕にとって
他人事(ひとごと)とは思えず、固唾を呑んでニュースを見守っています。
この集中豪雨による被災者への義捐金を福井県で受け付けています。
詳しくは次のサイトをご覧頂き、ご支援頂けましたら幸いです。
●災害見舞金、見舞品、救援物資の受け入れについて
http://www.pref.fukui.jp/0718/mimai.html
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