:.。.:*:・' :.。.:*:・'゜メールマガジン「恋歌」:.。.:*:・' :.。.:*:・'゜

          * * *  第15回 * * *


こんにちは。
メールマガジン「恋歌」、15回目の発行です。
いつも読んでいただき、ありがとうございます。

「恋歌」は、恋に生き、歌に情熱を託した日本人の
溢れんばかりの情緒をいま、現代に蘇らせたい気持ちから、
数人の仲間で始めた企画です。

毎回、テーマに添ってのものを
お届けしています。

これから、様々な企画をしていきますので、
どうぞよろしくお願い申し上げます。


さて、
第15回発行号は、

いつもと趣向を変えて、
ちょっと不思議なショートストーリーを
お送りします。


どうぞ、ご賞味ください、、、、

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  武蔵野式部        [約束]


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[約束]

「いつか貴女を海に連れていくよ」

あなたが約束を果たす日が来た。

「昔、大陸の人が日本にたどり着いた
という伝説がある浜辺なんだ」
まだ暗い朝、車に乗り込む二人。

はしゃぎすぎる私をみて苦笑いしているあなた。
車は快適にスピードを上げる。気持ちのよい風。
嬉しい私は普段よりもっとおしゃべりになる。

風に海の匂いが混ざり始めたとき、
さっと視界が開けて青い海と空がそこに広がっていた。
車はゆっくりと駐車場に滑り込む。
陽射しはまぶしいくらいに照り付けている。

二人とも砂の感触を裸足で確かめながら
海に向かって歩きはじめた。
海を見ると泳がずにはいられない私は
さっそく水着に着替えた。波が誘う音は耳に心地がよい。
「泳いでおいで」
「うん」
大喜びでかけだす私。

少し早い夏の海。水の冷たさはとても爽やかだ。
私は静かに全身を海に沈めた。

海のなかにいる時はいつも何故か懐かしい気持ちがする。
母親の胎内にいるような感覚。

泳ぎ始めた私をほっておいてあなたは寂しそうにひざをまるめまるで、子供のように
ぽつんと海をみていた。

岡に上がった胎児。あなたは何を想っているのだろうか。
あなたの周りに吹く風は大陸の香りがしているのだろうか。
歴史の記憶。胎児の記憶。そして生命の記憶。

海に抱かれ、自然に抱かれて限りなくやさしい気持ちになる。

海から上がってきた私は母の子宮に帰りそびれた胎児にノックしてみる。

「おきてるの?すごく気持ちよかったわよ!」
「ああ、おかえり。あの小高い山にのぼってみようよ。神社があるそうだよ」
あなたが指差す山はおいでおいでと私たちを
迎え入れてくれるようにみえる。

私たちは山にむかった。
山登りの好きなあなたはどんどんとリードしてゆく。
私は遅れないようについて歩く。
自然と笑い声があふれてくる。
水の流れが涼しげな音をたてている。
木漏れ日が緑とかさなってキラキラまぶしい。

さわやかな風に吹かれながらあなたの匂いを充分味わい尽くす。大好きな匂い。
離れていても片時も忘れないように胸の奥まで満たして、、

誰もいない山頂には古い神社の跡がある。
この浜辺にたどりついた人々が、
きっと故国を想い立てたのであろう。
離れ離れになった人々の深いやりきれない悲しみを想う。
時を経て、その悲しみは癒されただろうか。

過去の人々が生きてそこにいるような静寂に
神聖な気持ちになる。不思議な不思議な空間。

ふっとあなたと今、こうしてここにる運命に想いをはせた。
そして遠い過去から綿々と続くこの命と命。

眼下に広がる大きな海。
人が暮す町並みはやけに小さく見える。
山の上は明らかに下界とは違う空間に満ちている。
山の上には面倒な世間やしがらみがない。
純粋に私自身でいれる場所。

山を下る途中で見つけた密やかな小さい広場
揺れる草木の動きがとてもやさしい。
「休もうか」
風にふかれながら二人は汗を乾かす。

ずっと一緒にいることが嬉しくて嬉しくて
ひと時も離れたくなくてぴったりと寄り添う。
あなたに肌をすりよせると
伝わってくるぬくもりが心に染みこんでくる。

重なり合うからだ。身も心も。
そして過去も今も。

古の人たちと共に、そしてあなたと共に
懐かしい感覚にいだかれ、何もかもが一つに溶けた
宇宙空間にも似た不思議な時に包まれて….

「しあわせになりなさい・・・」
どこからともなく声が聞こえた気がした、、。

いったいどのくらい時が経ったのだろう

意地悪な夕暮れ時は帰らなければならないことを
無言で告げはじめていた。

ずっとここにいたかった。あなたと一緒にいたかった。
しかたなく帰りの道をゆく。
暮れなずむ夕日はいよいよ私を憂鬱にさせる。

別れがたい気持ちを伝えられずに私は不機嫌になる。

長い道程を沈黙のまま過ごし風景は見慣れた町並みとなる。
そしてとうとう家が近づいてきた。
「あなたとずっといたいの」ともっとわがままを言えばよかった。
くやしさに唇をかむ。困らせたい気持ちがこみ上げてくる。
「最後にもう一回やさしくして」と少しだけ拗ねてみせた。

あなたはゆっくりとキスをしてくれた。
今日の出来事すべてが蘇るくちずけ。
空と海と木漏れ日と風。
あなたの唇は優しくって悲しい味がした。


唇と唇の繊細な遊びは終わりを知ることがない。
これから逢えない時間の長さをしっているかのように。
永遠に終ることがない予感についにふたりとも笑いだした。

あなたのことが好き。
たまらなくあなたのことが好き。
あなたとやっと巡り逢えた。

「またいこう」と笑うあなた。
その笑顔に私は心の中でシャッターを切る。
(約束だよ)心の中でつぶやく。
あなたは真っ直ぐに私を見ながら
待つ人のいる家へとギアを入れる。

「 ありがとう 気を付けてね」
振り返らずに家のドアを開ける私。

あなたが去って行く車の音が耳に残る。
心に焼き付けたあなたの笑顔。
身にまとったあなたのぬくもりと香り。

いくばくかの悲しみを胸に
さあ、また明日を生きてゆくための
優しい眠りにたどりつこう。

-武蔵野式部-

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「恋歌」第15回号、如何でしたでしょうか。


「恋歌」は、毎週木曜日、毎回のテーマに添ってお届けします。
次回をどうぞお楽しみに。。。。


わたし達の恋歌が、あなたの恋の魂に触れたら、、、
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2002.4.25 「恋歌」第15回発行号


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